

RADIO DIRECTOR 清水葉子
フリーランス・ラジオディレクター。TOKYO FMの早朝の音楽番組「SYMPHONIA」、衛星デジタル音楽放送ミュージック・バードでクラシック音楽の番組を多数担当。「ニューディスク・ナビ」「24bitで聴くクラシック」など。趣味は料理と芸術鑑賞。最近はまっているのは筋トレ。(週1回更新予定)
「まるでカルメンみたいですね」
番組ゲストに迎えたフランス人のヴァイオリニストに先日そんなことを言われた。
これは単に黒いカーリーヘアを無造作に束ねていた私を見て、洒落てお世辞を言ってくれたわけなのだが、その時に『カルメンという名の女』というタイトルが頭をよぎった。ゴダールの映画である。もちろんこれはあの有名なメリメの小説、それをもとに書かれた同名のオペラ『カルメン』に想を得たものだ。しかし映画の中で使われる音楽はそのビゼーの『カルメン』ではなく、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲が使われていて、それがかえって強く印象に残っている。
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第16番ヘ長調Op135
しかしながらやはり『カルメン』といえばビゼーの魅力的な音楽が真っ先に思い浮かぶであろう。映画以外でもヴァイオリンで有名なサラサーテの幻想曲や、名ピアニスト、ホロヴィッツが編曲したもの、組曲形式なども今日ではよく演奏される。
サラサーテ:カルメン幻想曲
そのオペラ『カルメン』はフランスの作曲家、ジョルジュ・ビゼーの最大の傑作。しかし初演での評判は良くなかったという。ビゼーの死後改訂を加える中で評価も高まり、今やフランス・オペラの代表作として不動の人気を得ているが、改訂前には今ではカットされてしまった多くの音楽があった。現在では様々な版の上演も試みられているが、コヴェントガーデンのロイヤルオペラで先頃上演された『カルメン』もかなり通常上演されるものとは違った音楽を多く含んでいる。日本でも東宝系の映画館でそのライブビューイング上映がされているのを知り、先日観に行ってきた。演出はバリー・コスキー。近頃評判のオーストラリア人オペラ演出家でベルリン・コーミッシェオーパーの芸術監督である彼の演出も楽しみだった。ちょっと予告映像を見ただけでも、ファッショナブルでモダン。果たしてどんな『カルメン』なのか?
それにしても「カルメン」という素材は何故こんなに魅力的なのだろう。自由奔放でセンシュアル、女という自分の最大の武器を存分に使うけれど、決して媚びていない。その潔く凜とした佇まいは女性にとっても羨望の的である。ビゼーが生きていた時代にはこのような女性像はむしろ敬遠されたに違いない。バリー・コスキーはこの究極のファム・ファタール、「カルメン」の魅力を最大限に引き出すため、通常台詞で語られる部分をナレーションに再構成し、物語の骨格をより骨太にしてみせる。また舞台ではカルメンはじめ盗賊の仲間たちがまるでミュージカルのようにダンスを繰り広げる。しかも舞台いっぱいに置かれている大階段、その上で歌いながらこれだけのダンスをこなすのは大変なことだと思うが、それだけに今までにないスタイリッシュで劇的な効果を生んでいる。この大階段が時に登場人物の関係性や、心理的な相対性も象徴していて実に巧みだった。
衣装がまた素敵だ。「カルメン」というとジプシーの女、という設定からボヘミアン的なファッションがスタンダードだが、ここでのカルメンは前半マレーネ・ディートリッヒ風のマニッシュなパンツスタイル、往年のハリウッド女優風の黒のミディ丈ドレスにフラッパーヘア、後半では大階段いっぱいに長いトレーンをつけた黒のロングドレスで登場する。このトレーンに縋りつくドン・ホセの破滅的な恋心。しかしカルメンは新しい恋と自由を宣言するかのように最後にトレーンを引き剥がす。この場面でのカルメンは強烈に美しく、圧倒的な存在感を放っていた。一方でドン・ホセの幼馴染みのミカエラは対照的にその少女性を強調するかのように清楚な白いワンピース姿で登場する。しかしドン・ホセへの想いを歌うアリアの最後では階段に体を横たえ、少し身悶えるように胸をかきむしり、女性としての艶かしさを見せるというコントラスト。
ヒロインのアンナ・ゴリャチョーヴァがダンスも演技もそして歌唱も、とマルチな能力を発揮。演出も相乗効果となって実に新鮮なカルメンを作り上げていた。ドン・ホセ役のフランチェスコ・メリも透明感のある切ない歌声が良かった。「花の歌」ではミニマムな舞台に赤い花びらが舞い、その色彩的な美しさの中で情熱的に恋に狂う男の心情を歌い上げた。ヤクブ・フルシャの指揮と音楽もこの舞台のポイントだったが、このオペラの新たないくつもの音楽的断片を大らかな歌い口で上手くまとめて聴かせてくれた。
ロイヤルオペラ「カルメン」予告編
こんなにも魅力的な舞台なのに、このライブビューイングの情報は東宝のHPでもあまり詳細が出ていない。数多くの作品を抱える大手の映画会社ゆえ、集客数の少ないものはさほど力を入れていないようなのだが、もったいない気がする。しかし世界中のオペラハウスの意欲的な作品がライブビューイングという形で目にすることができるのはとても素晴らしいことだし、今後も注目していきたいところだ。
英国ロイヤルオペラハウス・シネマシーズン2017/18
余談だが最初のエピソードに戻ると、私は男性とデートをすると何故かいつもその相手が体調を崩す。その昔、それを友人達にからかわれ、全く別の意味で実は「魔性の女」と呼ばれていた。こじつけるならば私が「カルメン」に似ているというもう一つの理由である。
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