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アントネッロの『カルミナ・ブラーナ』

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。その後制作会社を経て、フリーのラジオディレクターとして主にクラシック音楽系の番組企画制作に携わるほか、番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど多方面に活躍。2022年株式会社ラトル(ホームページ)を立ち上げ、様々なプロジェクトを始動中。

アントネッロの第20回定期公演は横浜みなとみらい小ホールだった。私は夜公演に行ったが、昼公演ならば窓から海が見渡せ、横浜ならではの気持ちがいい会場である。

「カルミナ・ブラーナ」公演ポスター
「カルミナ・ブラーナ」公演ポスター

日本の古楽団体としてはもはや指折りの存在となったアントネッロ。長らく埼玉県にある川口リリアホールを拠点にして活動していたが、主宰する指揮者でリコーダー奏者の濱田芳通さんがサントリー音楽賞をはじめ、数々の賞を受賞されてからというもの、都心部の主要ホールでの公演も多くなっている。アクセスの良い会場で公演が行われることでメディアに取り上げられることも増え、その内容も年を追うごとにアップデートされている。(動画①)

icon-youtube-play 濱田芳通

今回の公演プログラムは「カルミナ・ブラーナ」。プログラムに濱田さんが書いている通り、一般にはこのタイトルを見て、20世紀ドイツの作曲家、カール・オルフの作品をイメージする人が多いだろう。特に冒頭の合唱部がインパクト大なので、映画やCMでも使い倒されている感がある。しかしこのセンセーショナルな合唱に歌われている歌詞こそ、本来の「カルミナ・ブラーナ」で、19世紀初頭にベネディクトボイエルン修道院で見つかった詩歌集なのである。この「ブラヌス写本」が発見された時、300編近くの詩歌とともにネウマ譜と呼ばれる古い楽譜も残されていた。

icon-youtube-play オルフ:カルミナ・ブラーナ

これらをアントネッロ流にリミックスし、様々な趣向を凝らすと……そこにはわくわくするような愉しい世界が待ち受けていた。

舞台は濱田さんの指揮と即興的なリコーダーが先導し、ヴァイオリン族のフィーデル、レベックや、管楽器ではスライドトランペットやショーム、その他中世ハープ、サンフォニーなどの珍しい古楽器も登場する。博物館にあるようなこれらの古楽器をごく自然に演奏できる高いレベルの奏者たちにまずは感嘆する。独特のパーカッションのリズムに乗せて奏でられる民俗的な音色。思わず体を揺らしてしまうような浮遊感が続いていく。

アントネッロ公式より
アントネッロ公式より

主にラテン語の歌詞はサイドの電光掲示板で確認することができる。「酒場にいる時には/エピキュロスは高らかに叫ぶ」の節はオルフの「カルミナ・ブラーナ」にも使われている歌詞で、なるほど聴き覚えがある。しかし、そこはアントネッロ。酒と愛欲と風刺に溢れた享楽的な内容の歌詞がどんどんエスカレートしていく中で、時に日本語も繰り広げられる。「くださいな、小間物屋さん」ではマグダラのマリアについての解説(関西弁)を夫婦漫才風(!)に。そこらへんのお笑い芸人よりもよっぽど芸達者な彼らの才能に驚いてしまう。

こんな演出だと圧倒的にコミカルな存在感を発揮するのがやはりカウンターテナーの彌勒忠史さん。客席を盛り上げるシングアロングも彼の役目。思わず乗せられて「Hoy et Oe(ホーイエトエー)」♪今回は新田壮人さん、中嶋俊晴さんらカウンターテナー陣が大活躍。まるで喜劇俳優のような演技はチャップリン顔負けである。大まかな台本は既にあったようだが、リハーサルを重ねる中でどんどんアドリブのアイディアが生まれてきたとか。いや、もうアントネッロ、最高である。

アントネッロ公式より
アントネッロ公式より

こんな極上のエンターテイメントに魅せられて、アントネッロには多くのファンが存在するのだが、そのファン層が一般のクラシック音楽ファンと少し違っている。そこにはクラシックオタクっぽい拗らせ感がなく、純粋に彼らの音楽を楽しみにしているのが開演前のロビーや上演中の客席からの雰囲気でも感じられるのが素敵。いつだったか、私が公演後に一人で電車の座席に腰掛けてプログラムを眺めていたら、目の前に立った女性が「私もアントネッロの公演に行っていました」と嬉しそうに話かけてきたことがあった。上質なエンターテイメントは誰かとその気持ちを共有したくなるものなのである。

近年ではバッハのマタイ受難曲や、ヘンデルの「メサイア」など、王道のバロックの名曲も生き生きとした素晴らしい演奏を聴かせてくれるアントネッロだが、こうした想像の自由度の高い中世やルネサンス期のプログラムはやはり彼らの真骨頂だ。中世に生きる人々の豊かな日常と人生を甦らせ、現代に生きる我々と同じような感覚がそこにあったと思わせてくれる。なんて豊かな世界!

アントネッロ公式より
アントネッロ公式より

この極上の体験を一部の古楽ファンだけのものにしておくのはもったいない。今回のプログラムは演劇ファンやお笑いファンにも楽しんでもらえるのではないだろうか? 口コミで来ているお客さんが多いのもアントネッロの公演の特徴。まだまだ彼らの魅力は可能性を秘めているに違いない。

icon-youtube-play ヘンデル「メサイア」byアントネッロ

さて、この公演はNHKで後日放送されるらしいので、アントネッロの公式HPを是非チェックしておこう。また2026年3月にはモーツァルトのレクイエムを中心としたプログラムの公演が中央区の第一生命ホールで予定されている。古典派のモーツァルトを彼らがどう演奏するのかこちらも目が(耳が?)離せない。

モーツァルト「レクイエム」公演ポスター
モーツァルト「レクイエム」公演ポスター

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