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Dilemma

Column Feature Tweet Yoko Shimizu

スタニスラフ・ブーニンの生き様

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。その後制作会社を経て、フリーのラジオディレクターとして主にクラシック音楽系の番組企画制作に携わるほか、番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど多方面に活躍。2022年株式会社ラトル(ホームページ)を立ち上げ、様々なプロジェクトを始動中。

父が亡くなってから一人暮らし中の母。彼女のたっての希望でスタニスラフ・ブーニンのコンサートを聴きに行くことになった。私の母は下町で商売を営む家に生まれた生粋の江戸っ子。もともとクラシック音楽にはあまり縁がない人なのだが、なんとなくピアノに憧れがあって娘三人にピアノを習わせたという、少々ミーハーな性質も持ち合わせている。

そんな母は1985年のショパン国際ピアノコンクールの優勝者であるスタニスラフ・ブーニンのドキュメンタリーを当時私と一緒になって観ていた。コンクールの一部始終を追ったNHKのドキュメンタリーはピアノ少女だった私を夢中にさせた。時の人となったブーニンの演奏を聴きに行くために、それこそ私は公衆電話でプレイガイドに電話をかけまくった。その後、病気などで一時的にキャアリを中断していたブーニンだが、やはり最近NHKが再起にかけるドキュメンタリーを放送。母はそれを観て、懐かしさとその知られざる苦難の半生にいたく感動し、ブーニンの演奏を是非聴きたい、と言い出したのである。

スタニスラフ・ブーニン
スタニスラフ・ブーニン

ドキュメンタリーはショパンコンクールで優勝したものの、病気や亡命後の様々な理由により、いつしか忘れられた存在になっていた彼の現在の姿に光を当てた内容だった。特に足の切断で体の機能を失うという、演奏家としては最も絶望的な状況に置かれながらピアニストとして生きる姿は、彼のかつての栄光を知る身としては胸が締め付けられるような思いがした。

ブーニンは1966年モスクワに生まれた。リヒテルやギレリスなどを育てたことで知られるモスクワ音楽院の名教授、ゲンリフ・ネイガウスを祖父に持ち、父も母もピアニストという由緒正しい音楽一家に育った。ショパンコンクール出場時はまだ10代で、冷戦時代のソ連からの出場ということもあり、年齢よりかなり大人びて、近寄り難い存在感を放っていた。そのテクニックから繰り出される圧倒的テンポと聴衆を引き込むカリスマ性。特に日本では芸術家然とした風貌から女性人気が高く、アイドル的な人気を博した。ちなみにこの年に出場したピアニストは日本の小山実稚恵、ジャン=マルク・ルイサダ、今年のショパンコンクールで審査員を務めたクシシュトフ・ヤブウォンスキなど、現在も活躍著しいピアニストたちばかりである。

icon-youtube-play ショパン:エチュード嬰ト短調Op25-6 by小山実稚恵(P)

サントリーホールでのブーニンのコンサートは直前までプログラムが明らかにならなかった。切断して左右の足の長さに差がある彼は義足によってバランスを整えてはいるが、ペダリングの感覚は非常に繊細だ。そうしたハンディキャップを考えると、昔のようなプログラムを組むことは難しい。当日会場で配られたプログラムはショパンの比較的小さなワルツやマズルカ、エチュードがランダムに並べられ、後半にシューマンの色とりどりの小品、アラベスク、最後にメンデルスゾーンの無言歌、といった内容だった。往年のブーニンならばもっと演奏映えする大曲を選んでいたことは確かだろう。59歳という人生の後半を生きる演奏家として、こうした小品を枯れた味わいで弾くピアニストももちろんいる。しかし彼はもともとそうした芸風とは違った個性を持つピアニストである。

使用していたピアノはファツィオリ。ややぶっきらぼうともいえる打鍵に、母は「まるで金属音のよう」と、素人ながらわりと的を得た感想を口にした。そして突如湧き起こる彼の中の音楽的な情熱と焦燥が身体的なハードルに阻まれ、時にこれらの小品を演奏する中で唐突なアッチェルランドや速いテンポとして立ち現れ、演奏が崩壊しそうになっていた時も正直あった。

私はブーニンのショパンコンクール優勝後の凱旋公演を聴きに行った日のことを否応なしに思い出していた。眩しいスポットライトを浴びて自信たっぷりのオーラを全身から放ち、華麗なる演奏で聴衆を圧倒していたあの時から40年。時を経て、一音一音確かめるように鍵盤を鳴らすこの天才ピアニストの姿を誰が想像できただろうか。

演奏が終わると同時に「ハラショー!!」というロシア語の掛け声とややフライング気味の拍手が会場に響き渡った。ブーニンはその生き様で人々を惹きつけるフジコ・ヘミング的な存在になっているのかもしれない。このコンサートの模様は来年2月に公開される彼のドキュメンタリー映画の中で使われるそうだ。

icon-youtube-play 映画「ブーニン天才ピアニストの沈黙と再生」より(2026年2月公開)

だが印象深かったのはアンコールで弾いたバッハの「主よ、人の望みの喜びよ」。祈りの音楽としてじんわりと聴き手の心に響く、というよりはやや素っ気ないほどあっさりとしたテンポ感、中声部に現れる主題をあくまでメロディーとして強調した演奏は、かつてのブーニンのピアニズムを微かに、確かに彷彿とさせるものだった。

この曲は亡くなった父がよく実家のピアノで弾いていた。母には特に感じるものがあったに違いない。サントリーホールを出ると外の広場にはクリスマスツリーが輝いていた。

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