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Column Feature Tweet Yoko Shimizu

オペラ的なオペラとは?

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

フリーランス・ラジオディレクター。TOKYO FMの早朝の音楽番組「SYMPHONIA」、衛星デジタル音楽放送ミュージック・バードでクラシック音楽の番組を多数担当。「ニューディスク・ナビ」「24bitで聴くクラシック」など。趣味は料理と芸術鑑賞。最近はまっているのは筋トレ。(週1回更新予定)

オペラの話題が続くのだが、先日ライブビューイングでオペラを2本続けて観る機会があった。1本はワーグナーの大作、「ワルキューレ」、もう1本はニコ・ミューリーの新作オペラ「マーニー」である。

「ワルキューレ」の方はご存知の通り、ワーグナーの4部作「ニーベルングの指環」の2作目に当たる演目。この4部作は上演するのに3日かかるという長大なもので、もちろん実際の上演は単独で行われる場合も多い。神話や伝説をもとにワーグナー自らが台本を書き、音楽的にも登場人物たちのキャラクターに合わせ、テーマを用いるライトモティーフなど、画期的な書法で完成させたドイツ・オペラの頂点に立つ作品である。

しかしライブビューイングでも上映時間が5時間。はっきり言ってなかなか苦行である。筋金入りのドイツ・オペラファンとか、ワグネリアンならともかく、他のオペラに比べ、なかなか全幕を見る機会は少ないだろう。私も過去に観たのはライブビューイング含めても数回だが、かなりウトウトしてしまって実はあまり印象に残っていない。しかし「ワルキューレ」は4部作の中でも人気作品であることは確かである。第3幕の「ワルキューレの騎行」に代表される圧倒的名曲があり、オーケストラだけで演奏される機会も多いからである。

icon-youtube-play ワーグナー:ワルキューレの騎行

今回はコンディションも整えて全幕を集中して観ることができたが、やはり第3幕は物語としても肝である。特に「ワルキューレの騎行」で闘いの女神たちが馬の骨の頭部を持ち上げて勇ましく行進する様は不気味でシュールで、アヴァンギャルドでもある。重要なのは演出で、今回このキース・ウォーナーはイギリスの演出家。演劇の国の出身らしく、登場人物のキャラクターを際立たせた演出に説得力があった。特に神々の長、ヴォータンの悩める姿や、自らジークムントらを槍で突き、動き回るなど、人間臭いことこの上ない。このオペラには剣や炎など、物語の中でキーポイントとなるエレメントが多いのだが、その扱いも視覚的に印象に残る。特に最後の「魔の炎の音楽」とともに燃え上がる炎が激流のように下ってくる様は圧巻だ。

icon-youtube-play ロイヤルオペラ:ワーグナー「ワルキューレ」より

そして何より感動的だったのはやはり音楽の力強さだ。ワーグナーは自らの脚本を見事にオーケストレーションし、官能的で美しい旋律はパッパーノの指揮が饒舌に語っていた。細部の音の響きも際立たせながら全体としての音楽のうねりも聴かせてくれたのはさすがだった。

オペラは総合芸術とも言われるが、通常の演目は作曲家が現世に存在しない。演出家や歌手や指揮者はコミュニケーションを取ることができるが、作曲家とはそれができない。現代に作曲されたオペラとはまさにそこが違う。

次に観た「マーニー」はヒッチコックが映画化した小説がもとになっている。それゆえ、非常に映画的とでも言おうか、オペラを観た、という通常の感覚とはだいぶ異なっていたことは確かだ。もちろんライブビューイングで観たことも大きな要因かもしれない。画面で役の人物の表情が大写しになることも多いので、彼らの演技も実にきめ細やかである。作曲家のニコ・ミューリーはアメリカ人。いわゆる〈ポスト・クラシカル〉の旗手ともいえる存在で、映画音楽を多く手がけていることでも知られる。もちろんこの「マーニー」は新作で、主役を歌ったイザベル・レナードをイメージして作られたというだけあって、彼女の存在感はずば抜けていた。50〜60年代のファッションに身を包み、またそれを着こなすスタイルの持ち主でもあり、ビジュアル的にヒッチコックの映画に出てきてもなんの遜色もない。

謎めいた美女、マーニーは土地を転々とし、偽名を使って次々と盗みをはたらく。その過去を知った上で印刷会社の社長マークは彼女を雇い入れ、秘密を握って強引に自分と結婚させるが、彼女はマークを拒絶し続ける。そこにはマーニーの精神的なトラウマのもととなる過去があった。その過去とは……。

icon-youtube-play METオペラ「マーニー」より

マーニーの別人格ともいうべき複数の女性が舞台上に現れ、その心情を重唱したり、精神的な闇や世間の視線、といったものを象徴する人物たちが黒子として舞台背景を動かしたりする演出も面白い。こうした演出にも作曲家とコミュニケーションを密にとりながら、或いは歌手も直接アドヴァイスを受けながら作品を作り上げているのを感じる。それらが全て調和してこの作品を際立たせている。

しかし逆に言えば音楽の存在感はワーグナーのそれに比べると少し薄れてしまうのは否めない。もちろん初めて耳にした音楽でもあるし、音楽的書法が骨格のある性質のものではなく、さざ波のように流れていくので、要所要所に美しいハーモニーやフレーズがあるにも関わらず、記憶に残るというよりはストーリーの一部として一体となって印象に残るという感じだ。圧倒的に視覚的情報が多い〈オペラ〉はどこかオペラ的要素が薄れる、ということなのだろうか。

しかしこの「マーニー」はなんの知識もなく観ても誰もが受け入れられる、まさに現代の〈オペラ〉であり、生きている作曲家との有機的なコミュニケーションの上に成り立っている作品であることもまた事実である。

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