RADIO DIRECTOR 清水葉子
フリーランス・ラジオディレクター。TOKYO FMの早朝の音楽番組「SYMPHONIA」、衛星デジタル音楽放送ミュージック・バードでクラシック音楽の番組を多数担当。「ニューディスク・ナビ」「24bitで聴くクラシック」など。趣味は料理と芸術鑑賞。最近はまっているのは筋トレ。(週1回更新予定)
最近チャイコフスキーづいている。クルレンツィスとコパチンスカヤの衝撃の来日コンサートも記憶に新しいが、番組制作の中で、音源にノイズが乗ったのでは? というリスナーからの指摘を受けて交響曲をまるまる検聴したのも、偶然にもチャイコフスキーの第5番だった。この時は時間がなくて遅い夕食をとりながら聴いていたのもあり、その時のメニューが豚汁だったので、このドラマティックな音楽とザ・家庭料理の〈豚汁〉との食べ合わせがあまりにかけ離れていて、それはそれで別の意味で印象深かったのだが。
チャイコフスキー/交響曲第5番
もう一つは音楽評論家、東条碩夫さんとの食事の席でチャイコフスキーのオペラについて話す機会もあった。東条さんは私がラジオ業界で働くことになった時に、大先輩として言葉では言い尽くせないほどお世話になった。既に当時も音楽評論家としてあちこちに執筆をされていたほか、ミュージックバードの番組もほとんど編成を担当していた。もともとは制作会社で様々な番組の雑務を手伝っていた立場の私が、ひょんなことからクラシック音楽番組の仕事をご一緒させていただいたのも東条さんのおかげであり、一から番組制作のあれこれを教わったといっても過言ではない。
私が制作会社所属時代に後輩として入ってきたのがK女史。現在はTOKYO FMを中心に優れた番組構成作家として活躍しているのだが、彼女とは家が近いこともあり、オペラやコンサートなどたびたび一緒に出かける仲である。たまたまミュージックバードの番組に東条さんに出演していただいた時、オペラにも関心が高いK女史が収録を見学に来たのをきっかけに東条さんとの3人のご近所の会を開催したわけなのである。
そこで話題になったのが、ほかならぬチャイコフスキー。もともと東条さんはチャイコフスキーやロシアもの、北国の文化や音楽に造詣が深い。このところ関係者の間でも話題に上る、英国ロイヤルオペラのライブビューイングの話になり、私は都合で行けなかったのだが、先駆けて試写が行われた「スペードの女王」について盛り上がった。というのもK女史は最近、ロシアのバリトン歌手、ディミトリー・ホロストフスキーのファンを公言しており、2017年に55歳の若さで亡くなってしまった彼の出演作品をDVDで追いかける中でロシア・オペラに開眼したと言う。わかりやすいハマり方をからかったりしていたのだが、そうなるとチャイコフスキーのオペラは必然的に話題の中心になる。
ディミトリー・ホロストフスキー(Br)
今回のロイヤルオペラの「スペードの女王」ではチャイコフスキー自身がストーリーの中に登場するらしい。このオペラを初めて観たK女史はそれに混乱させられてしまい、東条さんに解説を乞うていた。私もこの演出には非常に興味があり、少々ネタバレではあったが話に参加。しかし逆に解説を聞けば聞くほど、実際のオペラを観たくなった。ライブビューイングの広告の写真を見てもブルーグレーを基調にした舞台カラーはチャイコフスキーのロシア的な音の世界にぴったりとイメージが重なる。私はチャイコフスキーの音楽といえばいつもこの色がイメージされるのだ。
オペラ「スペードの女王」はロシアの文豪プーシキンの小説がもとになっている。
舞台は帝政ロシアのサンクトペテルブルクとなっており、伯爵家の令嬢リーザに恋する士官ゲルマンの野心と破滅を描いている。
遅ればせながら実際に舞台(スクリーン)を観ると、リーザの婚約者、エレツキー公爵がチャイコフスキーそっくりの容貌となっており、まさに二役を演じている、といってもいい。これを演じたウラディーミル・ストヤノフも大変なものだ。「スペードの女王」本来のストーリーと(プーシキンの原作とは大いに異なるのだが)、チャイコフスキー自身の人生をオーバーラップさせたステファン・ヘアハイムの演出は隅々までそのエピソードをすくい上げる細かなファクターがあった。
具体的にはゲルマンの手に口づけするシーンでの同性愛者であった彼の苦悩や、羽の付いたペン先を自身に刺し続ける行為など作曲家としての葛藤を表現しているし、最後に死んで横たわるはずのゲルマンは実はチャイコフスキー自身となっている。その姿はそのままこのオペラが彼の人生そのものだったという今回の真のテーマを物語る。なんとも複雑。だが面白さも倍増である。
チャイコフスキー/オペラ「スペードの女王」
また音楽監督アントニオ・パッパーノの指揮するコヴェントガーデンのオーケストラもその徹底したドラマ解釈を見事に音楽に投影している。重厚感たっぷりに鳴らしながら、実はとても複雑で美しいチャイコフスキーのメロディーとハーモニーの変化。ロシア正教の聖歌を合唱で採り入れたり、また3大バレエを創作した充実期の作品だけにその音楽としての説得力には改めて感心する。
ヴァイオリン協奏曲や「悲愴」交響曲など、メジャーな作品ばかりでは計り知れないまだまだ奥の深いチャイコフスキーがここにある。
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