RADIO DIRECTOR 清水葉子
音大卒業後、楽器店勤務を経てラジオ制作会社へ。その後フリーランス。TOKYO FMで9年間早朝のクラシック音楽番組「SYMPHONIA」を制作。衛星デジタル音楽放送ミュージックバードではディレクター兼プロデューサーとして番組の企画制作を担当。自他ともに認めるファッションフリーク(週1回更新予定)
年末である。年末は毎年変わらずやってくるはずなのに、今年はスケジュールを詰め込みすぎてコラムを書く時間が全くなくなってしまったという言い訳をしておこう。2019年最後のコラムなので、雑多な内容になってしまうのだが、お許しを。
12月の初日は来日したマリインスキー・オペラで始まった。今年はとにかくライブビューイングも含めて私にしてはオペラやバレエをかなりたくさん観たような気がする。それは観劇仲間で友人のK女史がバリトン歌手、ホロストフスキーのファンだったから、というのも大きな理由の一つなのだが、そんな事情でロシアものを何度か観る機会があった。METやROHのライブビューイングでも素晴らしい舞台がいくつかあり、新国立劇場でもゲネプロや本番を観たのだが、東京文化会館で行われたチャイコフスキーの歌劇「スペードの女王」は、カリスマ指揮者ヴァレリー・ゲルギエフ率いるロシアのマリインスキー劇場の引越し公演だった。
オペラは総合芸術ゆえに歌、演技、舞台演出、音楽などたくさんの要素が一体となっている。そのどれもが素晴らしい、というのは実際なかなか難しい。引越し公演は会場の舞台に不慣れという点では、歌手にとって最もハードルが高いところだろう。もちろん現地の気温や湿度によって体調も変わるし、会場の響きも重要で、どのくらいの力で歌えばいいのか、その塩梅で合唱やオーケストラとのバランスが変わってくるからである。そんな事情を考えると、やはり今回の来日はゲルギエフの力量が大きかったと思う。自国の作品、主兵のオーケストラ、歌手陣、合唱。全てをゲルギエフが引っ張っていた感がある。もちろん彼の圧倒的なカリスマと才能という部分もあるのだが、その自信に満ちた力強い音楽は圧巻だった。
彼が指揮した後日の「マゼッパ」の演奏会形式の上演も素晴らしかったそうだ。これはミュージックバードの年末名物特番、音楽評論家の片山杜秀氏と山崎浩太郎氏の「年末放談」で一番の盛り上がりをみせていた話題である。私はたまたまその収録に同席していたので、いやはや、そんなことなら聴きに行くべきだったと思ったが後の祭り。番組もこのコラムがアップされる頃には放送が終わっているのが残念。
マリインスキー・オペラ
もう一つ年末の重要なイベントといえばクリスマス。例年クリスマスを特集した番組を制作しているのだが、ディレクター自身はこの時期年末進行の納品ラッシュでほとんどクリスマスらしいことはしていない。しかし、唯一の救いはクリスマス・コンサートを聴いてその気分を味わうこと、である。
少し前にひょんなことから若きバンドネオン奏者、三浦一馬さんとご一緒する機会があり、その才能には以前から注目していたものの、実際にお会いすると想像以上にハンサムでジェントルマンですっかりファンになってしまった。番組にも出演いただき、王子ホールで行われた彼のバッハのクリスマス・コンサートにも行くことになった。ロビーではシャンパンのフリードリンクサービス。優雅な気分を携えて客席につく。
バンドネオンはボタンと蛇腹で風を送って音を鳴らす。そのボタンの配列は不規則で伸縮の具合によっても音が変化する。習得するのはかなり難しい楽器だ。三浦さんは子供の頃、このバンドネオンに魅了され、自ら志願して日本では数少ない奏者のもとへ行き、これを習得したという。その後はアルゼンチンへも渡り、名手ネストル・マルコーニにも学ぶ。これは番組内でも熱く語ってくれた。
前半はバッハのピアノやヴァイオリン曲の編曲。これをバンドネオンのソロ用に編曲するのも大変である。白眉はあの「シャコンヌ」だ。バンドネオンで聴く「シャコンヌ」はどこか素朴で哀愁が漂う。三浦さんの真摯な演奏が更に一途な音の言葉となって語りかけてきた。後半はポジティブオルガンとの共演。ともに風を送ることで音を鳴らす楽器同士、とても相性がいいのを感じる。クリスマスらしい選曲でしっとりと終わる素敵なコンサートだった。
三浦一馬
さて来年はベートーヴェンの生誕250年。クラシック音楽業界は盛り上がっている。つい先頃、ラトビアの指揮者、マリス・ヤンソンスが亡くなり驚いたが、彼の教え子でもあるアンドリス・ネルソンスがウィーン・フィルのニューイヤーコンサートを指揮する、というのも話題である。新年のミュージックバードの番組は鋭意制作中だが、これらのトピックをふんだんに盛り込んだ内容でお送りする。ちなみにクリスマス・コンサートで見事な演奏を聴かせてくれた三浦一馬さんは実は中学生の頃、放送部だったそうで、そのせいか一人喋りの番組も難なくこなしていただいたのだが、これをご縁に彼の番組も始まる予定。またヨーロッパの文化に造詣が深いライター白澤達生さんの出演する「旅する古楽」も1月からスタートする。
マリス・ヤンソンス
年末の納品ラッシュもようやく片付いてきた。30日に最後の収録があるが、ラジオディレクターもそろそろ仕事納めである。
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