毎年元旦に行なわれるウィーン・フィルのニューイヤー・コンサート。クラシック音楽の中でも最も有名で、ウィーンの誇る黄金のムジークフェラインザールからTVとラジオを通じて世界90カ国以上に放送され、5億人が視聴するというビッグ・イベントである。1939年に始まる80年以上の歴史を誇るこのコンサートでは、音楽の都ウィーンを象徴するシュトラウス一家のワルツやポルカが演奏され、その高額のチケットは世界一入手困難として知られている。
(情報提供: SONY MUSIC JAPAN INTERNATIONAL)
2020年は、ボストン交響楽団音楽監督、ゲヴァントハウス管弦楽団楽長を兼任する、ラトヴィア出身のアンドリス・ネルソンスが初登場。ウィーン・フィルとは2010年以来、すでに80回近く共演を重ねており、数少ないウィーン・フィルの定期公演の常連指揮者の一人。日本公演も含む海外ツアーやザルツブルク音楽祭にも出演し、2017~19年にはベートーヴェンの交響曲全曲を演奏・録音、さらに記念イヤーのベートーヴェン・チクルスを任されるなど、厚い信頼を寄せられているネルソンスが、新たな時代のウィンナ・ワルツとポルカを華麗に、かつ鮮烈に紡ぎ出した。現地メディアも、「祝祭的気分に溢れ、音楽的に優れたネルソンスのデビュー」(『クーリエ』紙)、「ネルソンスのニューイヤー・コンサートは、ピチピチ感満点。聴衆も熱狂し、スタンディング・オヴェーションで応えた」(『クローネ』紙)、「ドライヴ感がすごく、細かいところまで配慮され、爆発的な迫力にビックリ」(『スタンダード』紙)など、絶賛の嵐。
演奏曲目は、定番の「美しく青きドナウ」「ラデツキー行進曲」などに加えて、今年生誕250年のベートーヴェン、没後150年のヨーゼフ・シュトラウス、ザルツブルク音楽祭創設100年、ウィーン楽友協会竣工150年と、2020年のさまざまなアニヴァーサリーを織り込んだ多彩な作品で構成され、しかも同コンサート初登場となる作品が9曲と新鮮味も十分。
音楽プロデューサーの渋谷ゆう子さんの現地コンサート・レポートをお届けする。
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2020年1月1日、午前 11時15分。快晴。この時期のウィーンにしては高めの気温と暖かな陽射しに包まれ、楽友協会黄金のホールにはドレスアップした人々の新年の高揚感が満ちていた。濃いピンクと黄色を基調とした無数のバラに埋め尽くされたステージでは、ウィーン・フィルのメンバーが和やかに指揮者の登場を待つ。
オープニングに持ってきたのは、ニューイヤー・コンサート初登場であるツィーラーのオペレッタ「放浪者」序曲である。ウィーンで生まれウィーンで亡くなった作曲家ツィーラーのオペレッタの中で、唯一これまで同コンサートで演奏されなかった曲だ。続いてヨーゼフ・シュトラウスのワルツ「愛の挨拶」、「リヒテンシュタイン行進曲」と冒頭から3曲目まで初登場の楽曲が演奏された。1870年に亡くなったヨハン2世の弟ヨーゼフ・シュトラウスは今年が没後150年にあたることもあり、アンコールまで含めると5曲が演奏された。
さらに、ニューイヤー・コンサート恒例のサプライズとして、今回はトランペット奏者ネルソンスが登場。ラトヴィア国立歌劇場の首席トランペット奏者という経歴を持つネルソンが見事なソロを演奏した「郵便馬車の御者のギャロップ」も観客を大いに楽しませた。
また2020年のクラシック音楽界の世界的なトピックでもあるベートーヴェンの生誕250年を記念して「コントルダンス」が取り上げられた。舞曲としての華やかさの中に時おり目立つベートーヴェンらしい力強さをネスソンスがすくい上げ、聞き応えのある演奏となった。初登場の楽曲が9曲という目新しさを抑えるかのように、全体の構成はワルツ、ポルカ、ギャロップなどの組み合わせをオーソドックスな並びにし、奇を衒う方法は採用していない。曲そのものが持つ力と伝統的な自然な流れで配置している。
ニューイヤー・コンサートといえば、ワルツやポルカで新年の喜びを表す陽気さがイメージされるが、ネルソンスとウィーン・フィルがこの日表現したのは、人間の多様な感情とその変化であり、音楽の中に人々の思いを丁寧に音でなぞるような豊かな表現力であった。
隅々まで美しく彫琢された「美しく青きドナウ」に続いて最後に演奏された「ラデツキー行進曲」は、今回新しく編曲された楽譜が使われた。これまで使われていた楽譜の編曲者レオポルト・ヴェニンガーがナチス党員であった経緯を指摘されたからだ。ウィーン・フィルによる今回の編曲は全体的にシンプルな形に変化しているが、これは観客の手拍子が入ることを念頭にされたものだという。この響きが一新されたこの定番行進曲の演奏をウィーン・フィルに任せながら、観客をコミカルな動きで巻き込んでいくネルソンスの人間味が、さらに黄金の間を至福の場に導いた。コンサートは大きな熱狂とともに終了したが、それは同時にウィーン市民がネルソンスを大いなる文化の継承者として認めた瞬間でもあった。
ネルソンスは人が好きなのだろう。音楽を生み出した作曲家だけでなく、それらを受け止め音楽文化を育んできた当時の人々へも、そしてそれをつなぐ現代の人々に対しても、彼は穏やかに温かく愛で包む術を持っている。リハーサルで楽団員に指示を出す際にも、決して雰囲気を悪くするような言い方や態度をとらず、敬意を持って音楽表現をお願いしていた。そんな彼の姿勢が、本番では聴衆に伝わり、ホール全体が温かな音楽愛に包まれた。音楽はその場の空気を振動させて成立する芸術である。会場の空気はそこにいる観客全員の温かな吐息で構成されている。ウィーンの伝統を継承し確かな技術と表現力のある楽団員と、その伝統に愛を持って臨む指揮者。そしてそれを新年の喜びと共に享受する2000人の聴衆。これらすべての要素が合わさることで、黄金の間には肯定的な音楽愛が満ち溢れた。曲が進むにつれ、ネルソンスの世界感が受け入れられ、聴衆はその音楽を全身で受け止め、それが喜びの吐息となり会場を埋めていく。だからこそ、ニューイヤー・コンサートが成功したのだ。
若き指揮者ネルソンスは新しいニューイヤー・コンサートを創ったのか。楽友協会にこの日集ったウィーン、そして世界各国より集った聴衆はその問いに「ノー」を示した。「いや、これは正にウィーンのそのものだ」と。新たな時代を予感させるその演奏は、この音楽都市のコンサート聴衆が求める厳しい音楽基準に確実に受け入れられ、温かい称賛を得たのである。新しい試みと定番の中に文化と歴史の重みを実直に提示したネルソンスについて、コンサート後には、「彼はウィーン人だったのか?」と冗談が聞こえるほどだ。この日、若きマエストロがウィーン・フィルとともに生み出した世界観は、ウィーンの都と人々の文化に息づく大切なものが確実に内包されていた。正にウィーンが歴史と文化の中で求める本来の意味での「ニューイヤー・コンサート」がネルソンスによって示されたのである。 (渋谷ゆう子、音楽プロデューサー)
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「ニューイヤー・コンサート2020」のアルバム全曲配信は本日スタート。CDは1月29日、ブルーレイディスクは2月19日に発売される予定である。
購入予約・再生:https://sonymusicjapan.lnk.to/NewYearsConcert2020
◆ リリース情報
ニューイヤー・コンサート2020
アンドリス・ネルソンス&ウィーン・フィル
●発売日:
2CD:SICC-2157~8 2020年1月29日 ¥2,900+税
ブルーレイ:SIXC-29 2020年2月19日予定 ¥5,700円+税
<トラックリスト>
1.オペレッタ「放浪者」 序曲★(ツィーラー)
2.ワルツ「愛の挨拶」 作品56★(ヨーゼフ・シュトラウス)
3.リヒテンシュタイン行進曲 作品36★(ヨーゼフ・ストラウス)
4.ポルカ「花祭り」 作品111(ヨハン・シュトラウス2世)
5.ワルツ「シトロンの花咲く国」 作品364(ヨハン・シュトラウス2世)
6.ポルカ・シュネル「警告なしで」 作品132★(エドゥアルト・シュトラウス)
7.オペレッタ「軽騎兵」 序曲(スッペ)
8.ポルカ・フランセーズ「キューピッド・ポルカ」 作品81★(ヨーゼフ・シュトラウス)
9.ワルツ「もろびと手をとり」 作品443(ヨハン・シュトラウス2世)
10.ポルカ・マズルカ「氷の花」 作品55★(エドゥアルト・シュトラウス)
11.ガヴォット★(ヨーゼフ・ヘルメスベルガー2世)
12.郵便馬車の御者のギャロップ 作品16の2★(ロンビー)
13.12のコントルダンス WoO 14より 第1・2・3・7・10・8曲★(ベートーヴェン)
14.ワルツ「楽しめ人生を」 作品340(ヨハン・シュトラウス2世)
15.トリッチ・トラッチ・ポルカ 作品214(ヨハン・シュトラウス2世)
16.ワルツ「ディナミーデン」 作品173(ヨーゼフ・シュトラウス)
[アンコール]
17.ポルカ・シュネル「大空に羽ばたいて」 作品230(ヨーゼフ・シュトラウス)
18.新年の挨拶
19.ワルツ「美しく青きドナウ」 作品314(ヨハン・シュトラウス2世)
20.ラデツキー行進曲 作品228(ヨハン・シュトラウス1世)
★これら9曲はニューイヤー・コンサート初登場。
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:アンドリス・ネルソンス
[録音]2020年1月1日、ウィーン、ムジークフェラインザールでのライヴ・レコーディング