RADIO DIRECTOR 清水葉子
音大卒業後、大手楽器店に就職。クラシック音楽ソフトのバイヤー時代にラジオにも出演。その後に制作会社を経て、現在はフリーのラジオディレクターとして番組の企画制作に携わる。番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど幅広く活動中。
ついに、「紅天女」がオペラになった。
「紅天女」とはなんぞや、という人もいるかもしれないので、一応説明しておこう。漫画「ガラスの仮面」は連載40周年を迎えてなお未完の大作であり、大ベストセラーでもある作品。
主人公は演技の天才少女、北島マヤ。演劇界幻の名作といわれる「紅天女」を演じるべく、幾多の苦難を乗り越えて女優を目指す。ライバルの姫川亜弓、師であり「紅天女」を演じられる唯一の存在であるかつての大女優、月影千草。はたまた芸能プロダクションの社長であり、陰ながらマヤを「紫のバラの人」という名のファンとして応援する速水真澄との恋愛など、少女漫画の王道を行く筋立てでありながら魅力的なキャラクターと、美内すずえの作家としての圧倒的な力量で、多くのファンを魅了してきた。
そして北島マヤは女優として物語の中で数々の舞台や映画、ドラマなどで役柄を演じるので、様々な作中劇が存在するのだが、それらは実在するいくつかの作品以外は、作者美内すずえのオリジナルである。中でも最も我々の興味を惹き、そしてこの漫画の最大の見せ場でもある舞台作品がこの「紅天女」なのである。
漫画の中で断片的にそのストーリーが語られることも多かったが、今回この「紅天女」がオペラという形で全貌を現した。「ガラスの仮面」としてはこれまでにもドラマやミュージカル、音楽劇などに形を変えることはあったが、作中劇である「紅天女」は以前に新作能として作られたことがある。私は能の「紅天女」も国立能楽堂に観に行ったのだが、今回はオペラという形式でどのような「紅天女」が観られるのか、この日を楽しみにしていたのだった。
会場は渋谷の Bunkamuraオーチャードホール。「ガラスの仮面」ファンであろう、私くらいの世代の女性が圧倒的に多い。客席もかなり埋まっている様子だった。このオペラは脚本も美内すずえ自身が書いている。いやがうえにもファンの期待は高まっていた。
冒頭は能や狂言の手法を用いた演出。能の「紅天女」では人間国宝の梅若玄祥が演出、主演していたこともあり、ここでも一部特別演出という形らしい。客席に玄祥氏の姿もあった。私が能の「紅天女」を観た時には物語もまだ全貌を現しておらず、能という芸術の抽象的な表現方法によって、かえってその神秘性が強調されていたように思った。もちろん日本の歴史を題材にした物語というのも能としては馴染みやすく、功を奏していたと思う。
その物語だが、戦乱の世、帝が夢のお告げで見た天女像を彫る男を探せ、廷臣に命ずる。一方、一真は家族を奪われた孤独な男だが、やがて仏師として亡くなった人の供養のため修行の旅に出る。しかし第2幕ではこの一真は旅の途中戦乱に巻き込まれ記憶を失っている。村娘の阿古弥に助けられ、彼女と愛し合う仲になるが、阿古弥は紅天女の依り代、仮の姿である。人間と恋仲になると霊力を失ってしまう。そんな中、戦で血が流されたことにより人間たちは神の怒りに触れ、阿古弥もまた紅天女に戻らざるを得なくなる。ついに一真も仏師としての記憶を取り戻し、千年の梅の木から仏を彫り出す使命を果たすべく、梅の木がある禁足地に向かう。
ここが最大のクライマックスで神と仏、精霊と人間、紅天女と一真が対決する場面なのである。紅梅の木が舞台中央に現れた様は漫画で見たイメージ通り。神々しささえあったのだが、やや難しかったのは、いかせんこれだけの筋立てを全て言葉で説明するのは、やはり冗長になってしまう、ということだった。もちろんその言葉には音楽が乗せられるわけだから、音楽として少々まとまりがない感じがしてしまうのは否めない。特に第2幕は捉えどころがなく、長く感じてしまった。
もちろん新作ということで馴染みのないことがそれを強調してしまったということもあるだろうが、美内すずえの圧倒的な作家としての能力からくるディテールの細かさは、数ある名作オペラのように何度も上演され、改訂されて、ある意味簡略化されてきたものとは別物である。本家の漫画「ガラスの仮面」の長年のファンでもあるだけにこの辺りの難しさを感じてしまった。
歌手たちも言葉と歌を覚えるのにかなり難儀したであろうことは想像に難くない。
私は13日に鑑賞したのだが、その中で仏師の一真役、テノールの山本康寛がはっきりとした歌い口とよく響く声が客席まで届いていた。小林沙羅は可憐な少女の阿古弥にはぴったりだが、紅天女という神秘の存在、万物を司る厳かな女神、というには少し凄みに欠ける部分も感じられたが、これは原作の月影千草の演じた紅天女のイメージが強烈なので致し方ない。両方を兼ね備えるのが難しい役どころになっていることは確かだ。
要所要所で印象深いアリアや重唱も入るのだが、全幕を通してどちらかというとオペラというよりはミュージカルのような印象が強い。
「紅天女」が繰り返し上演され、スタンダードなオペラとして定着し、名作となるのかどうかはまだこれからなのかもしれない。
ガラスの仮面 歌劇「紅天女」制作記者発表会
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