RADIO DIRECTOR 清水葉子
音大卒業後、大手楽器店に就職。クラシック音楽ソフトのバイヤー時代にラジオにも出演。その後に制作会社を経て、現在はフリーのラジオディレクターとして番組の企画制作に携わる。番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど幅広く活動中。
そもそも私はフリーランスのわりにあまり自宅で仕事をする習慣がない。生活空間と仕事空間を物理的に分けないと意識も集中できないタイプで、自宅で仕事を始めても部屋の中が片付いていないと、気になって掃除を始めてしまったりする。普段は化粧をして身支度を整えることでスイッチを入れ、気持ちを切り替えてスタジオへ向かっていたのだが、緊急事態宣言後はさすがの私も在宅仕事にシフトするようになった。
まずはスタジオにたんまりと置いてあった仕事の資料やCD類を自宅に郵送。それを整理することから始まった。最初は自宅にいても、所在なくて片付けばかりしていたのだが、ようやく身の回りがすっきりすると、不思議と仕事に集中することができるようになったのは怪我の功名である。
ところが、である。うちのマンションは昨年の台風の時に1階部分が浸水してしまったので、リフォームを行なっている世帯も多かった。そこへ持ってきてこの外出自粛要請。平日の昼間はリフォームの工事の音と子どもの足音がマンション全体に響き渡る。尚且つ全ての世帯がほぼ在宅という状況でWi-Fiがかなり重い。音声、殊に音楽を扱う仕事である私にとってはなかなか厳しい環境である。
そこで平日の午前中はどちらかというと家事を優先することにした。私はなるべく混みそうな時間帯を避けて買い出しに出掛け、昼過ぎから洗濯や片付けと同時進行で仕事を始め、夜から本腰を入れる。職場に行く時もお弁当持参のため、ある程度常備菜や食事の下ごしらえをしておく。基本的に水曜日と土曜日、MAXで週に2度、局のスタジオに出向くことにした。土日を入れた方がオフィス街への電車が空いていること、ハイレゾ音源のダウンロードなど通信環境が良好なのも理由の一つだ。
ラジオの制作現場も段階的にスタジオへの人の出入りが制限されるようになった。3月の半ばくらいから「なるべく仕事は在宅で」と推奨され、社員が交代で出社となったため、会議もオンラインで行われるように。続いてゲストは基本的に電話出演となり、通常の電話回線よりLINEやSkypeなどを使用した方が音質がいい、とディレクター達は様々な工夫をしつつ、スタジオの卓の操作を覚えたりしていた。更に第2段階としてスタジオに入る人数も1人だけという方針が決まり、レギュラー出演者もリモート録音を余儀なくされた。一部の出演者には自身でナレーションを収録し、音声ファイルを送ってもらうことになった。或いはZOOMを使って収録をするなどし、ディレクターの私がそれを自宅で編集、後日スタジオでまとめて完成ファイルを登録、納品することにした。
番組制作もそうだが俄かに注目を浴びているのがこのZOOMである。私も先日ZOOMでの収録を行ったばかりだが、手軽で簡単に利用できるし、ネットの通信環境さえ良ければ音声もさほど悪くない。光ファイバーを使っていた先日のゲストはかなり良好な音質で録ることができた。ラジオの場合は音声のみとは言え、やはり画面を通して対面することで、相手の表情が見えてコミュニケーションが活発になり、トークも弾む。ディレクターとしてはチャット画面で出演者に指示も出せるので、とても便利である。しかし先日は初めてのZOOM収録だったので、私も少々緊張してしまい、音声が途切れないか、ノイズが乗らないか、という心配ばかりしてしまって、肝心のトークの流れにあまり集中していなかったということを告白しておこう……。まだまだ修行が足りない自分。
今は大学や音楽教室なども休講要請が出ているため、オンラインで楽器のレッスンをする人も多い。ZOOMは手軽でこれからもますます需要がありそうだが、特に比較的小さな旋律楽器には向いているようだ。ところが楽器自体が大きく、音量もあるピアノはどうも難しいらしい。倍音や音色の響きを的確に捉えるのが難しいのは通常の録音でも同じかもしれないが、ピアニストやピアノ講師の人には悩ましいところだろう。
自宅が職場と化すと消費量が増えるのはコーヒーである。日に4、5杯は飲んでいるだろうか。今日は残っていたバナナとパンケーキミックスを使ってバナナケーキをコーヒーのつまみに焼いてみた。家にいる時間が長いと料理をする機会も増えてくる。しかし外出もままならず1日の歩数が100歩を切ることもあるのに、これが続くとまずい。やっぱり散歩はルーティンにすべきだと反省した。
バッハ:コーヒーカンタータ
ブレイクタイムにそのバナナケーキをつまみながらYouTubeを覗いていると、今や世界の歌劇場やオーケストラがコンテンツを配信している。様々なアーティストが自宅で演奏をしている動画も多数ある。
ヨーヨー・マ
コンサートの機会を失ってしまっているオーケストラは練習もままならない。楽器を持った普段着の団員達がヘッドフォン越しにアンサンブルを試みる動画に胸が熱くなった。
ロッテルダムフィルハーモニー管弦楽団
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