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Dilemma

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YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。クラシック音楽ソフトのバイヤー時代にラジオにも出演。その後に制作会社を経て、現在はフリーのラジオディレクターとして番組の企画制作に携わる。番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど幅広く活動中。

先日、先輩のディレクターから「ドヴォルザークの『ユモレスク』って『ユーモレスク』って言うんじゃないの?」と訊ねられた。彼女は特にクラシック音楽を専門としている人ではなかったので、私は「最近は『ユモレスク』ということの方が多いかもしれないですね」と答えたのだったが、これは音楽番組を制作する現場で時々起こる、クラシック音楽の曲名、演奏者の名前〈あるある〉だ。

そもそも外国語をカタカナで表記したり発音したりすることに限界があるのだが、放送局によっても呼び方が違ったりする。放送業界ではNHKの表記が基本となることが多いけれども、今回の場合だとまず、ドヴォルザークという作曲者の名前も日本では主にふた通りの呼び方がある。実は私が制作を行っているFM東京系列のミュージックバードではより言語に近い「ドヴォルジャーク」という表記が使われている。この〈原語に忠実に〉というのが最近の主流であり、昔から馴染んでいる表記と変わってきているものも少なくない。

放送局にはライブラリーがあり、放送で使用するCDが大量に保管されている。最近ではポップス音楽の場合は配信のみの音源もあるので、必ずしもCDばかりとは限らないが、クラシック音楽の場合、主流はやはりCDである。これらを端末で検索して使用CDを探し出すわけだが、ドヴォルザークorドヴォルジャーク、クラウディオ・アバドorクラウディオ・アッバードなど両方を打ち込まないとお目当のCDが表示されない場合もあり、アーティスト名も呼び名の変遷を知らないと上手く検索できなかったりする。私の場合、だいぶ古株になってきたのでそこはなんとか対応できているが、これらの情報を打ち込む人がその時によって一時的なアルバイトだったり、ある程度音楽的知識のある内部のスタッフだったり、次々と変わっていることで起こる現象でもある。まぁ、案外一貫した管理がされていないということでもあるが。

icon-youtube-play ドヴォルザーク:ユモレスク

曲名で典型的なのがシェイクスピアの戯曲で有名な「真夏の夜の夢」。メンデルスゾーンの劇音楽やブリテンの歌劇などにもなっているが、今では「夏の夜の夢」と表記することが多い。「Midsummer Night」を直訳すると『真夏』となるけれども、これはヨーロッパでは6月末の『夏至』を指す。キリスト教では夏至は宗教的な祭りの時期に当たり、妖精や精霊たちが現れるとされる季節であり、そうした背景からこの作品も生まれたわけである。日本の『真夏』は文字通り季節の真ん中、最も暑い8月を示す。お盆は先祖の霊がやってくるということでは、ある意味同じような感覚かもしれないが、ヨーロッパとは気候も微妙に季節も違うわけで、そうしたニュアンスの違いは作品の内容のイメージとも異なってしまいそうだ。

icon-youtube-play メンデルスゾーン:劇音楽「夏の夜の夢」

また副題がついた作品についても現在は昔と事情が変わっている傾向があり、例えば今年生誕250年であるベートーヴェン。交響曲第5番ハ短調Op67と言えば誰もがその音楽を思い浮かべると思うが、これも作曲者自身が付けたタイトルではなく、冒頭の動機の有名な〈ジャジャジャジャーン〉が「運命の扉を叩くように」とベートーヴェンが語ったことから「運命」と呼ばれているが、これは通称である。作曲者自身がタイトルを付けた「標題付き」の交響曲とは厳密には違うので、最近では「運命」は表記しない傾向にある。

icon-youtube-play ベートーヴェン:交響曲第5番「運命」

そもそもベートーヴェンが作曲活動をしていた時代は、まだ音楽は形式が重視されており、人間の感情や思想を当たり前のように表現するようなことはなかった。音楽史的には「古典派」と呼ばれる音楽であり、時代と共に教会や宮廷、あるいは特定の貴族たちのために書かれていた音楽から、個人的な体験や思想を表現するツールとして、文学や美術などと共に「ロマン派」と呼ばれる時代になっていく。そこでようやく音楽には標題が付けられてくるのである。古典派のベートーヴェンはその先駆けとも言える存在であり、いくつか標題に近い楽曲も書いている。代表的なのは交響曲第6番ヘ長調Op68。これは晴れた田園風景の穏やかなイメージを音楽で描いている。当時としては珍しい交響曲で「田園」というタイトルは文字通り作曲者自身によるものである。

icon-youtube-play ベートーヴェン:交響曲第6番「田園」

しかし現代の私達から見れば、やはりタイトルの有無はわかりやすさという点で抜群なのは言うまでもない。番組を制作する上でもマニア向けの音楽番組ならともかく、例えばFMの地上波を聴く不特定多数の人に気楽にクラシック音楽を楽しんでもらうためには「標題」はとても便利でもある。特に日本人は季節を大切にする感性があるので、そんなタイトルの付いた音楽は楽曲名を読み上げるだけで、イメージを膨らませることが可能だ。

例えば今の季節なら「夏の名残のバラ」というタイトルを選んでみたい。フロトーの歌劇「マルタ」の中のアリアにもなっている、アイルランド民謡の美しい節が付けられ、日本では唱歌として歌われた「庭の千草」というタイトルでも知られている。このメロディを元に様々な作曲家が変奏曲などに編曲している。

icon-youtube-play フロトー:歌劇「マルタ」より〜夏の名残のバラ

icon-youtube-play エルンスト:「夏の名残のバラ」による変奏曲

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