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Column Feature Tweet Yoko Shimizu

音響設計士の仕事

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。クラシック音楽ソフトのバイヤー時代にラジオにも出演。その後に制作会社を経て、現在はフリーのラジオディレクターとして番組の企画制作に携わる。番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど幅広く活動中。

このコラムにも登場する幾多のコンサートホール。優れた音響を誇るところは大抵永田音響設計が手掛けたものである。サントリーホール、ミューザ川崎シンフォニーホール、紀尾井ホール、そして京都や札幌のコンサートホールなど。

その中核となる音響設計士が豊田泰久さん。もちろんその活躍は日本だけにとどまらない。ロサンゼルスのウォルト・ディズニー・コンサートホールや、ロシアのマリインスキー・コンサートホール、上海シンフォニーホール、フィルハーモニー・ド・パリ、エルプフィルハーモニー・ハンブルク、そしてピエール・ブーレーズ・ザールなど、世界中の名門オーケストラが本拠地とするコンサートホールを手掛けている。

icon-youtube-play ウォルト・ディズニーコンサートホール(ロサンゼルス)

実は豊田さんには過去に番組ゲストとしても何度か出演していただいたことがあったのだが、私がその番組を担当するようになったのは途中からだったので、惜しくも直接お話を伺う機会を失っていた。2000年からはロサンゼルスに活動拠点を移し、文字通り世界中を飛び回っていた豊田さんなのだが、彼の仕事振りを密着取材した石合力さんの著書「響きをみがく」という本が出版され、少し前に日本へ戻っていたところ、本をきっかけにTOKYO FMの番組へ立て続けに出演が決まった。そこで今回私もその番組「トランスワールド・ミュージック・ウェイズ」を見学させてもらったわけである。

収録の合間の短い時間にお話を伺うと、帰国したのは年齢的なこともあったようだが、コロナより前に「そろそろ仕事に一段落つけたい」という考えだったという。一気に標準化したオンラインやリモートでの仕事で、物理的に地球を移動する時間を短縮し合理化できる、と思っていた矢先にコロナショックが起こったということだったらしい。

「響きをみがく」を読むと、音響設計士という仕事のイメージは覆される。数字とデータの世界だと勝手に思っていたが、設計図を引くのは建築家の仕事。音響設計士はあくまでそれに寄り添いつつ、アドバイスなり意見をしていく。それはコミュニケーション力に拠るところが大きい。豊田さんは学生時代にオーケストラでオーボエも吹いていて、もともとクラシック音楽が大好きでコンサートにもよく通っていた。それが名だたる建築家や指揮者との交友関係を持ち、信頼関係を築いてきたことに繋がっている。

ホールの型には大きく分けて、ウィーンの楽友協会ホールに代表される「シューボックス型」と、ベルリンのフィルハーモニーが代表的な「ヴィンヤード型」の2つがある。四角い箱型のシューボックスは舞台から座席が遠ざかるほど音からも物理的に離れる。対してヴィンヤードは「ぶどう畑」の意味だが、その名の通り段々になった座席が舞台を取り囲むように配置される。視覚的にも指揮者の後ろ姿しか見えないシューボックス型に比べて、多角的に舞台を見ることができ、尚且つ全ての座席にほぼ等しく音が届きやすい。

icon-youtube-play 楽友協会ホール(ウィーン)

録音技術の向上で私達の耳は昔よりもクリアで明瞭な音の響きに慣れている。コンサートホールでは残響が肝心だが、細部の明瞭さが欠けてしまっては、音楽の魅力は半減してしまう。それにピリオド楽器や奏法を多く取り入れた現代の演奏は豊かな響きの一方で精緻な音の響きも同時に要求される。現代のコンサートホールはこの「ヴィンヤード型」が多くなっているのも、クラシック音楽の聴き方や演奏の歴史とも関係が深いような気がする。

icon-youtube-play ベルリン・フィルハーモニー(ベルリン)

豊田さんの最初の大きな仕事はサントリーホールだが、公共機関ではなく一企業の有するコンサートホールで、オーナーの佐治敬三の大らかな采配もあって、設計の自由度は高かったという。時の指揮者、カラヤンからの意見もあってヴィンヤード型を採り入れ、満を辞してのオープンとなったが、シューボックス型に慣れた日本のオケや演奏家たちから「音が聴こえない」といったクレームが出るなど、当初は風当たりも強かった。しかし海外の一流オーケストラが来日公演を行い、そこで名演を繰り広げることでサントリーホールは世界でも有数の音響を誇る会場となっていった。

ワールドツアーを日常的に行っているオーケストラは世界中のホールでお互いの音を聴くことに慣れている。そうした彼らの感覚と、もちろんそれを音楽としてまとめる指揮者の鋭敏な耳と、優れたホールの音響が一体となって「良い音」を作り出す。それは演奏の素晴らしさを数値で表すことが不可能なように、極めて感覚的なものなのだということを実感する。そうした機会が失われつつある現在は、音楽界にとって非常に危惧される状況でもあるのだ。

icon-youtube-play サントリーホール(東京)

番組でもオンエアされるであろう、マリス・ヤンソンスとワレリー・ゲルギエフの新年恒例の食事会での話。意外にもこの二人、かなり仲が良かったらしいのだが、札幌キタラとミューザ川崎ではどちらの音がいいか、と揉めていて、「そうだ、ヤスに聞いてみよう」とゲルギエフが豊田さんに直電(!)をかけてきた。

そこで豊田さんは一言。「マエストロ、何人お子さんがいますか?」

自分の子どものように優劣はつけられない。質問の意図を知った巨匠ゲルギエフは電話口で納得したという。「世界のトヨタ」を目の当たりにするエピソードだった。

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