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Column Feature Tweet Yoko Shimizu

アントネッロ結成30周年記念コンサート

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。その後制作会社を経て、フリーのラジオディレクターとして主にクラシック音楽系の番組企画制作に携わるほか、番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど多方面に活躍。2022年株式会社ラトル(ホームページ)を立ち上げ、様々なプロジェクトを始動中。

日本の古楽アンサンブルの雄、アントネッロが結成30周年という節目の年を迎えた今年に選んだ演目は中世スペインの写本「モンセラートの朱い本」と「聖母マリアの頌歌集」だった。このところアントネッロはバロック時代のレパートリーを多く取り上げていたが、彼らの活動の原点ともいえる中世の音楽は、まだ様式化する以前のとても自由な、民族音楽的要素の強いものである。

スペインのバルセロナ郊外にあるモンセラート山には、黒い聖母像で知られる修道院があり、13〜14世紀頃そこに参じてきた巡礼者たちによって歌い、踊られた歌謡の楽譜を含む写本が保存されていた。現存するのは10曲の歌謡である。後に朱色の装丁がなされたことから「モンセラートの朱い本」と呼ばれている。なんともイメージを膨らませるタイトルだ。

アントネッロ結成30周年記念コンサート
アントネッロ結成30周年記念コンサート

もう一つは「聖母マリアの頌歌集」。こちらは賢王として知られるカスティーリャ王アルフォンソ10世の命により1250〜80年に編纂された写本。すべての曲が聖母マリアについて歌われており、中世ガリシア・ポルトガル語によって書かれたこれらは420曲にものぼる。

濱田芳通さんとアントネッロの中世スペインの音楽との繋がりは深い。かつて度々NHKでTV放送された「モンセラートの朱い本」、そして自主レーベル設立後に初リリースとなったのも「聖母マリアの頌歌集」だった。思い出深いこれらの作品を節目の年に取り上げたということは、濱田さんの中でもひとつ音楽人生の中で原点に立ち戻るような想いがあったのかもしれない。

中世カトリックの歴史とともにあるこの音楽を、東京カテドラル聖マリア大聖堂で演奏されるというのもいかにもふさわしい。この大聖堂を含むカトリック関口教会は1900年に設立。第二次大戦下の東京大空襲で大聖堂は消失してしまったが、現在のモダンな姿は丹下健三氏による建築で1964年に献堂された。美しく生まれ変わったこの大聖堂ではコンサートも度々開催され、ミサはもちろん見学や講座、結婚式も受け付けている。その場合必ずしもカトリック信者でなくてもいいらしい。ジューンブライドの6月も間近。厳かな結婚式を妄想して、独身だったらちょっと検討したくなりそうだ。

撮影:松岡大海
撮影:松岡大海

さて話を戻そう。目白の閑静な住宅街にある坂道を上っていくと見えてくる大聖堂の尖塔。ちょうど薄暮に十字架が映えてその崇高な佇まいを写真に収める人も多くいた。座席は普段ミサが行われている場所なので、お祈りと聖書を置く台がついた長い木の椅子である。ひざまずいてお祈りするための台が足元にあるため、初めての人はうっかり足を置いてしまうこともあるのだが、これはキリスト教徒にとっては聖なるもの。決して物を置いたり、足を乗せたりしてはならない。ここでは普段ミサの際に司祭が立つ祭壇がステージとなり、その上には尖塔に繋がる高い天井がそびえ立つ。

東京カテドラル聖マリア大聖堂
東京カテドラル聖マリア大聖堂

合唱はラ・ヴォーチェ・オルフィカとイコラ・アンサンブル。いつもより響きの厚みを意識しているに違いない。音楽監督の濱田芳通さんは指揮はもちろん、リコーダー、コルネット、ショーム、ブラッダーパイプの演奏もする。名前を耳にするのも初めてという珍しい楽器も多い。中世スペインでどのような楽器が使用されていたのか確定は難しいが、ヨーロッパでは中世の食事会を模したイベントなどがあり、濱田さんはそうした場で留学時代よくアルバイトしたそうだ。そんな経験が活かされて、ここでは多様な管楽器の音色を披露してくれる。中にはアラブやトルコを思わせるオリエンタルな響きであったり、バグパイプのような民族的な響きがあったりと、あらゆるものが雑多に存在しているような趣がある。もちろん、これらは復元された楽器で演奏されるのだが、混沌としてプリミティブな中世の異空間に迷い込んだような錯覚に陥る。

撮影:松岡大海
撮影:松岡大海

また高い天井に歌声が響き渡ると、大聖堂の長い残響の中でその豊かな音がまるで空気の塊となって浮遊するような感覚だった。濱田さんが最も美しい音楽だという「処女にして母であるマリア」の素朴で物哀しい旋律に宿る、純粋な信仰の心、そして古の時代の自由で世俗的なリズムが印象的な「死に向かって急ぐ」など、聖と俗の相反するようなエレメントを内包しつつ、祝祭的な世界が広がる。これら中世の歌にある生と死の感覚は現代にも通じるものがあって、時にふと我に返って心を揺さぶられた。

撮影:松岡大海
撮影:松岡大海

30周年を迎えて、アントネッロはその間メンバーも少なからず変遷があるようだが、黎明期を経て特に若い優秀な世代が加わるようになり、今宵の演奏はより充実して印象深いものとなった。濱田さんご自身は2022年にサントリー音楽賞も受賞され、この記念コンサートが8月にサントリーホールで行われる。こちらはヘンデルのオペラ「リナルド」ということで、こちらも気鋭の演奏家たちが出演。アントネッロの活躍はこれからも見逃せない。

濱田芳通サントリー音楽賞受賞記念コンサート
濱田芳通サントリー音楽賞受賞記念コンサート

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