RADIO DIRECTOR 清水葉子
音大卒業後、大手楽器店に就職。その後制作会社を経て、フリーのラジオディレクターとして主にクラシック音楽系の番組企画制作に携わるほか、番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど多方面に活躍。2022年株式会社ラトル(ホームページ)を立ち上げ、様々なプロジェクトを始動中。
前回ラ・フォル・ジュルネ・TOKYO 2024のコンサートの様子をいくつか紹介したが、5月3日の公演でひとつ紹介しきれなかったものがある。私が最も楽しみにしていたパスカル・アモワイエルによる音楽劇である。昨年はベートーヴェン、今年はリストと作曲家をフィーチャーして、彼らの音楽と人生をピアノ演奏付き一人芝居で演じるものだ。脚本もアモワイエル自身が書いている。
ピーエル・アモワイエル(LFJTOKYOより)
LFJはほぼ毎年友人のK女史と一緒に行くのだが、彼女は大学時代に英文科でシェイクスピアを学んでいて、演劇からオペラ、クラシック音楽に傾倒してきた人なので、このアモワイエルの熱心なファンになっている。
このプログラムだけは1時間15分と他のコンサートに比べてやや長めの設定になっている。21時15分からの公演の終演は22時半にも関わらず多くの人が会場に集まっていた。5月4日には同じプログラムでもう少し早い時間の公演があったが、そちらが先に売り切れていたのもあるかもしれない。いずれにせよ、人気者のアモワイエルである。
タイトルは「私がフランツ・リストに出会った日」。リストといえば超絶技巧のピアノ曲で知られ、先日亡くなった人気ピアニストのフジコ・ヘミング氏が十八番にしていた「ラ・カンパネラ」を作曲した、ハンガリー出身の元祖ヴィルトゥオーゾ・ピアニストである。若い頃はなかなかの美男子でもあったようで、19世紀のパリ社交界で活躍し、その派手なパフォーマンスで爆発的な人気を博し、コンサートを聴いた女性が失神したという逸話もある。例えるならビートルズやマイケル・ジャクソン、BTSのようなまさに時代を象徴するのスーパーアイドル。女性関係も派手だったそうで、そんなリストだからこそエピソードもたくさんあって、まさに芝居の素材としてはうってつけだ。
「ラ・カンパネラ」byフジコ・ヘミング
リストは天才少年として見せ物同然にされた少年期、ハンガリー出身ということで希望したパリ音楽院で学ぶことが叶わず、決して誰もが羨むような順風満帆な人生ではなかった。しかし人生の中ではベートーヴェンやツェルニー、ショパンやワーグナーとの出会いもあり、大いに音楽家として刺激を受ける。やがてその才能と技巧で多くの人を魅了し、ピアニストとしての地位を確立。若き日には大失恋の痛手もあった。その身分違いの大失恋をきっかけにすっかり自信を失ったリストはコンサートから姿を消した時期もある。その頃のフランスは7月革命を経て新たな時代に入ろうとしていた。スランプだったリストもこれをきっかけにパリの社交界に復活。作曲にも精力を注ぐようになる。今でいうリサイタルというソロの演奏会形式を確立し、ピアノを客席に対して平行に置いたのもリストが始めたことだったとか。
アモワイエルは時にユーモアを交え、一人の音楽家としての絶望と苦悩、そして希望と喜びを、ピアノ演奏と豊かな表情や演技で表現しながらリストの人生を投影していく。
正直いうと私は昔からちょっとリストが苦手だ。技巧的でロマンティック過ぎるピアノ曲などナルシスティックな人間でないと弾きこなせない。学生時代に試験曲で弾くたびに、どうにも自分の感覚にそぐわない気がしていたものだ。交響詩という新たなオーケストラ曲の概念を生み出した作曲家として、音楽史上でも特筆すべき足跡を残したことはもちろん承知しているが、その交響詩も捉えどころがないような気がして、あまり好んで聴くこともなかった。晩年リストは僧籍に入り、瞑想的なピアノ曲を多く作曲している。そういえば村上春樹の小説の中に、リストの「巡礼の年第1年スイス」の中の「郷愁―ル・マル・デュ・ペイ」というピアノ作品が登場したことがあって、その音源が大量に発売されたりしたのもいささか遠巻きに眺めていたものだった。
「ラ・マルデュ・ペイ」byラザール・ベルマン
しかし、アモワイエルの一人芝居はそんな私のリスト嫌いを払拭した。プロフィールをよく見たら、アモワイエルはパリ音楽院で学び、リストの高弟だったジョルジュ・シフラの薫陶を受けているのだ。今回はリストへの師弟愛を捧げた芝居だったのかもしれない。
ゴールデンウィーク中は、私は実家に滞在していた。終演後の有楽町から実家のある練馬方面へ向かう。かつてその家で私の祖母もピアノを弾いていた。私が幼い頃、祖母はリストの「愛の夢」第3番をよく弾いていたのだが、その頃には指があまり動かなくなってしまっていた。そのうちに小学生の私の方が曲を覚えてひと通り弾けるようになってしまったので、それからすっかり祖母は私のピアノの聴き手になってしまったのだが。その私も今では殆どピアノに触らなくなってしまった。
私がリストのピアノ曲の中で好きなのは「メフィストワルツ」第1番。このくらい突き抜けてドヤ顔な超絶技巧だと逆に潔い。亡くなった同門の同級生が好んで弾いていたのも思い出される。AirPodsProで聴きながら実家まで山手線に揺られて帰った。ジョルジュ・シフラの演奏である。
「メフィスト・ワルツ第1番」byジョルジュ・シフラ
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