

RADIO DIRECTOR 清水葉子
音大卒業後、大手楽器店に就職。その後制作会社を経て、フリーのラジオディレクターとして主にクラシック音楽系の番組企画制作に携わるほか、番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど多方面に活躍。2022年株式会社ラトル(ホームページ)を立ち上げ、様々なプロジェクトを始動中。
6月21日は「夏至」。一年で最も昼が長い日となる。
以前、早朝の音楽番組を担当していた時、いつも冒頭で暦と日の出の時刻を伝えていた。徐々に日の出時間が早くなり、そしてまた遅くなっていくのを、ナレーション原稿を書きながら一年の季節の移り変わりをその時々に感じていたものだ。二十四節気では「夏至」の後「小暑」「大暑」が続き、次が「立秋」である。暦で見るとなんだかずいぶん夏が短い。最近では12月でも半袖でいいような日もあるというのに。しかも東京の真夏は蒸し暑く、40℃近い日もあるから、暑いのが苦手な私は少々うんざりする。
しかし四季ごとに風物詩がある日本の風習は美しい。そうした一つに手紙で季節の挨拶を交わす、というものがある。最近話題のNHKの大河ドラマ「光る君へ」を観ていると、当時彼らの唯一の通信手段でもある文を交わすことは、季節の歌を詠んで相手に気持ちを伝えることを含めて、重要なコミュニケーションの一つ。平安の時代から続く季節を愛でる感覚は、現代でも自分の中に息づいていると感じるから不思議なものだ。筆やペンでいわゆる手紙をしたためるという機会はさすがに減ったとはいえ、ビジネスメールでも季節の挨拶を冒頭に書いてしまうことはいまだにあるのではないだろうか。
NHK大河ドラマ「光る君へ」
これに関して最近興味深いエピソードがあった。現在担当しているポッドキャスト番組の出演者で、アメリカ人弁護士のライアン・ゴールドスティンさんは流暢な日本語を話し、日本での生活も長い方だが、季節の挨拶で始まる日本のオフィシャルなメールには少々戸惑っているという。確かに欧米ではビジネスというものは効率が命。一日に何十通、場合によっては何百通もやり取りする電子メールというものの性質を考えれば、始めの何行かでも、(もしくは結びの文章も)季節の挨拶をいちいち入れていたら膨大な時間を消費してしまう。そろそろ日本でもそうした習慣はやめるべきだと番組でも主張していたライアンさん。彼は「いつもお世話になっております」で始まる冒頭の慣用句にも疑問を感じているようだ。確かに我々日本人にはそうした枕詞的なものを挟むことで、単刀直入に物を言うことを避ける文化がある。或いは直接的な物言いは失礼に当たる、と考えることもしばしば。国や組織の決定が遅いのもそうした物言いが影響しているのだろう。
さて話を暦に戻すと、ヨーロッパの夏至は賑やかである。特に北欧などでは冬が長いため、夏至の長い一日を目いっぱい楽しむ。北極圏に近い場所では夜中でも日が沈まない白夜という現象が起こるのはよく知られている。キリスト教における聖ヨハネ祭やそれ以前の古い宗教的な行事とも重なり、祝祭日になっている国も多い。
多くの国では花を飾り、焚き火をしてお祝いをする。日が沈まないため夜通し宴を催し、食事を楽しみ、お酒を飲んで、ダンスに興じるという。またこの夜には精霊や魔女がやってきて歩き回ったりするという言い伝えもあり、薬草やハーブを摘んだりする風習も残っている。またそれらで若い男女が将来の伴侶を占ったり、おまじないをすることも多い。
そんな夏至の日に聴きたいクラシック音楽をいくつかご紹介しよう。夏至祭を描いた音楽で有名なのがスウェーデンの作曲家、ヒューゴ・アルヴェーンの「スウェーデン狂詩曲」。第1番はタイトルもずばり「夏至の徹夜祭」である。コンサートで演奏される機会も多い曲だ。軽やかな主題はスウェーデンの民謡によるものだが、このメロディーをどこかで聴いた覚えがある方も多いのではないだろうか。
アルヴェーン:スウェーデン狂詩曲第1番「夏至の徹夜祭」
もう一つ聖ヨハネ祭の音楽といえばワーグナーの楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」。いかにもドイツ的で勇壮な序曲が余りにも有名だが、このオペラの舞台は聖ヨハネ祭の前夜の歌合戦で繰り広げられる話である。
ワーグナー:楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲
この聖ヨハネ祭の前夜には魔女や精霊が現れるという言い伝えがあり、シェイクスピアの「真夏の夜の夢」もこの伝説に基づいているとされる。この音楽といえばやはりメンデルスゾーンの劇音楽が最もよく知られた作品だろう。ファンタジックな序曲や結婚行進曲などは単独でもよく演奏される。ちなみに同名のオペラも存在するが、こちらはイギリスの作曲家ブリテンによるもの。20世紀の作品なので、少し渋めだがビターな美しさのある音楽とでも言おうか。
メンデルスゾーン:劇音楽「真夏の夜の夢」序曲
ブリテン:歌劇「夏の夜の夢」より
聖ヨハネ祭はロシアではイヴァン・クパーラと呼ばれるスラヴの伝統的な祝祭となっている。これを描いた交響詩がムソルグスキーの「禿山の一夜」である。後にリムスキー=コルサコフが編曲して世に知られることになる名曲だが、アルヴェーンやメンデルスゾーンなどと比べると重量級でおどろおどろしい。
ムソルグスキー:交響詩「禿山の一夜」
お国柄がそれぞれ現れている夏至の音楽。今年はお気に入りの音楽と共に短い夜を楽しんでみては?
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