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Column Feature Tweet Yoko Shimizu

ラジオディレクターの出張旅行〜神戸編

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。その後制作会社を経て、フリーのラジオディレクターとして主にクラシック音楽系の番組企画制作に携わるほか、番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど多方面に活躍。2022年株式会社ラトル(ホームページ)を立ち上げ、様々なプロジェクトを始動中。

続いての出張は神戸である。防災番組を担当する身としては、来年が阪神淡路大震災から30年ということで、神戸には取材に行きたいと思っていたところだが、今回は諸事情あり、急な出張ということもあり、取材というよりは震災後の神戸を見物することにした。長年クラシック音楽番組を週何十時間も制作していたので、東京を出るということは10年以上ほとんどなかった。前回神戸を訪れたのはそれこそ震災前だったのである。

神戸という街は実にコンパクトにインフラがまとまっていて、今回飛行機での往復だったが、これがとても便利。往路は空港まで友人に車で迎えに来てもらったのだが、中心地の三宮まではポートライナーで20分という近さ。海と山に囲まれていながら洗練された都会でもある。

まずは三宮の商店街にあるビジネスホテルに宿を取り、荷物を預けた。ちょうど到着がお昼だったので、友人とモロゾフの神戸本店でサンドイッチのランチをいただく。店内は落ち着いた雰囲気で、サンドイッチがとても美味しい。食後は港へ向かう。この辺りは最近若いオーナーによる新しいお店が雑居ビルに次々とオープンしているらしい。確かにお洒落なカフェや雑貨店などが目立つ。

コロナで長らく閉鎖されていた神戸のシンボル、ポートタワーの展望台がオープンしていた。もはや真夏のような日差しが照りつける頂上。青く広がる港の光景を反射して眩しい。下から見ると赤の鉄塔と青空とのコントラストが鮮やかに映え、白い雲とのトリコロールカラーを思わせた。

その光景を見てフランスの作曲家、ジャック・イベールの交響組曲「寄港地」を思い出した。イベールは第一次世界大戦で海軍士官として地中海を航海した経験を持ち、またローマ留学中にはスペインを旅しており、その印象も着想の元になっている。組曲の3つのタイトルはそれぞれ「ローマーパレルモ」「チュニスーネフタ」「バレンシア」となっており、旅の情景が描かれている。異国情緒漂う神戸にぴったりだ。

icon-youtube-play イベール:交響組曲「寄港地」

その夜は友人の会社の近くの居酒屋さんで美味しいおばんざいをいただき、会社の事務所でポッドキャストを収録。やや疲れたけれど充実した旅の初日だった。

翌日はまず現代を代表するアーティスト、兵庫県出身の横尾忠則の名を冠した現代美術館へ。ここで「寒山百得展」が開催されていた。元ネタの「寒山拾得」とは奇妙な笑いを浮かべ、常軌を逸した振る舞いで知られる伝説的な二人の僧のこと。仏教では「散聖」とも呼ばれて、寒山は巻物を、拾得は箒を手にしている。東洋では絵画の伝統的なモチーフになっているのだが、これを横尾流にすると巻物はトイレットペーパー、箒は掃除機に変換される。そのユニークな作品数、実に100点以上。これを1年半の間に描き上げたという今年88歳のアーティスト、横尾忠則のエネルギーたるや、恐るべし。その美術館の4階にあるのは建築家の武松幸治の監修で作られた鏡の空間。変則的に鏡を配し、万華鏡のように外の景色が映し出されるその部屋は、キュビズムとミラーを組み合わせた造語で、横尾によって「キュミラズム・トゥ・アオタニ」と名付けられた。この不思議な空間ではアルヴォ・ペルトの「鏡の中の鏡」をイメージした。

icon-youtube-play ペルト:鏡の中の鏡

さて、30年振りの神戸、震災遺構も見ておきたい、とその日は長田へ足を延ばした。かつては商店街だったところは再開発でショッピングセンターとなっており、平和な日常風景があった。しかし焼けた電柱や、所々にある慰霊碑、地震でひび割れたカフェのベンチなどがひっそりと残されている。公園となっている「鉄人広場」は神戸出身の漫画家、故・横山光輝の代表作「鉄人28号」のキャラクターの巨大モニュメントがあり、確かにそこに災害があったことを偲ばせた。

さて、このように様々な文化人を産んだ神戸だが、忘れてはならない日本人作曲家がいる。大澤壽人は日露戦争終結の翌年1906年に生まれた。わずか47歳で亡くなったので、近年までは知られざる存在だったが、昨年2023年は没後70年ということで、地元神戸を中心にその作品が大きく取り上げられた。アメリカやフランスでピアノや作曲を学んだ彼は、先日亡くなった小澤征爾が長年音楽監督を務めたボストン交響楽団を初めて指揮した日本人としても知られる。実は彼が日本でピアノを学んだのはロシアからの亡命音楽家、アレクサンダー・ルーチンという人物。ルーチンは神戸で音楽塾を開いており、あの洋菓子店のモロゾフの娘のニーナもここに通っていたという。戦争をきっかけにした人々の繋がりが神戸の文化を築いていることに驚かされる。大澤壽人は宝塚や映画音楽にも多く作品を書いているが、近年交響曲や協奏曲、室内楽曲なども発掘されて話題となった。ジャズの要素を含んだ代表的なピアノ協奏曲第3番「神風」など、ユニークな作品は録音も増え、コンサートのプログラムとしても少しずつ取り上げられている。こうした神戸所縁の音楽も是非一度現地で聴いてみたい。

icon-youtube-play 大澤壽人:ピアノ協奏曲第3番「神風」

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