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Dilemma

Column Feature Tweet Yoko Shimizu

幻想絵画と幻想音楽

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。その後制作会社を経て、フリーのラジオディレクターとして主にクラシック音楽系の番組企画制作に携わるほか、番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど多方面に活躍。2022年株式会社ラトル(ホームページ)を立ち上げ、様々なプロジェクトを始動中。

クラシック音楽好きの仲間とは定期的に食事を共にしたりする。常連メンバーは現在4人。大体いつも幹事を務めてくれているU君の昔馴染みが多い。その中で私は比較的新参者ではあるのだが、メンバーには音楽だけでなく、様々な業界で活躍する人も多いので、いつも感性に刺激をもらっている。

そのメンバーの一人のお嬢さんが画家だと知ったのはつい最近のことである。「娘が個展を開くのでよかったらいらして下さい」とご案内をいただいた。その野口綾音さんは〈幻想細密画家〉という肩書きで活躍しているらしい。

読んで字の如く、黒のミリペンを使った細かい線画は実際に目にすると驚くほどの密度で描かれていて、その陰影の質量には圧倒される。一枚を描き上げるのに大変な時間を要するというのもわかる。何度か腱鞘炎にもなったそうである。技術的なことも勿論だが、「孤独、静謐、瞑想、祈り、狂気、夢想といった深い心の内面を描き出すような、どこか不穏で美しい世界観の物語性を含んだ細密画」はずっと描き続けていたら集中力が精神を圧迫してしまいそうな緻密さである。

描かれるモティーフは少女だったり、動物だったり、はたまた植物や静物だったり、能面だったりと様々だが、どれも少し毒をはらみ、美しいのに恐ろしく、可愛らしいのに退廃を纏っていたりする。私は3つあった能面のモティーフの絵にとても惹かれ、実は途中まで本気で購入を考えてしまった。でもどうせなら3つ揃いで買いたいし……となるとやはりちょっと私には高額だったので泣く泣く諦めた。会場にはふらりと立ち寄った外国人の旅行客などもいたようで、展示されていた作品は既に売約済みのものも多かった。

この画風、やはり心身ともに疲れ切ってしまうということもあるらしく、野口さんはそれを解放するようにパステルでテディ・ベアをモティーフにした絵も描いている。こちらは〈Boo AYANE NOGUCHI〉名義で活動しているそうで、一転してカラフルでひょっとしたらこちらの方が多くの人に人気が出そうな作風ではある。でも可愛らしいだけでなく、そこには確実にもうひとつの「彼女らしさ」が存在し、まだ若いのに既にアーティストとしての確固たる個性を確立していて、その豊かな才能には驚かされるばかりだ。

しかし私はやはり幻想細密画に強烈に惹かれ、「ザ・メニュー」と題された絵本(5500円)を購入。その挿絵は勿論、幻想譚のような文章も彼女が書いており、表紙と同じデザインのミラーのチャームも付いていて、これはかなり素敵でお買い得ではないか。私は残念ながらご本人にはタッチの差でお会いできなかったが、有楽町の阪急メンズ館7階のギャラリーで開催されている野口綾音さんの個展は2月3日まで。是非お出かけ下さい。

さて、幻想絵画を見た後には幻想音楽をご紹介しよう。野口綾音さんのお父上の野口氏のお気に入りの作曲家はドビュッシーだそう。ここはやはりドビュッシーの「ピアノと管弦楽のための幻想曲」をピックアップ。あまり実演で聴く機会はないのだが、実質のピアノ協奏曲でもあり、煌めくピアノのパッセージが美しいこの曲。紆余曲折を経て1919年にアルフレッド・コルトーの独奏によって初演されている。

icon-youtube-play ドビュッシー:ピアノと管弦楽のための幻想曲

ピアノ曲は比較的「幻想」と名のつく作品が多い。その中でもシューマンの作品は作曲者本人が精神を病んだこともあり、最も幻想の世界へと誘ってくれる音楽ではないだろうか。8曲からなる幻想小曲集Op12は「夕べに」「飛翔」「なぜに」など、文学的なタイトルとともにその具体的なイメージが音として見事に立ち現れる珠玉のピアノ曲である。

icon-youtube-play シューマン:幻想小曲集Op12

続いてもピアノ曲を。20世紀ロシアの作曲家、プロコフィエフの「束の間の幻影」は、同じロシアの象徴主義の詩人、コンスタンチン・バリモントの「あらゆる刹那の瞬間に私は世界を見る、虹色にちらつく光に満たされた世界を……」からタイトルが取られている。20曲からなる曲はどれも1分程度と短いが、それぞれ深い印象を残す。

icon-youtube-play プロコフィエフ:束の間の幻影Op22

しかし幻想絵画にイメージが近いのはなんといってもあの有名なベルリオーズの幻想交響曲だろう。第1楽章「夢、情熱」、第2楽章「舞踏会」、第3楽章「野の風景」、第4楽章「断頭台への行進」、第5楽章「魔女の夜会の夢」という各楽章の標題を見るだけでも物語の世界へと想像が膨らんでゆく。

icon-youtube-play ベルリオーズ:幻想交響曲

細密画という点では細かい音の羅列を連想させる。それを体現した作曲家といえばドイツのマックス・レーガー。「B-A-C-Hの主題による幻想曲とフーガ」Op46は、冒頭から半音階と複雑な和声が幾重にも織りなすオルガンの壮大なる音のタペストリーだ。

icon-youtube-play レーガー:BACHの主題による幻想曲とフーガOp46

最後にテディ・ベアにインスパイアされたところで、イギリスの作曲家の作品も。ヴォーン・ウィリアムズの「トーマス・タリスの主題による幻想曲」はイギリスの霧の田園風景を思い起こさせるような弦楽の艶やかな響きが美しい。

icon-youtube-play ヴォーン・ウィリアムズ:トーマス・タリスの主題による幻想曲

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