RADIO DIRECTOR 清水葉子
フリーランス・ラジオディレクター。TOKYO FMの早朝の音楽番組「SYMPHONIA」、衛星デジタル音楽放送ミュージック・バードでクラシック音楽の番組を多数担当。「ニューディスク・ナビ」「24bitで聴くクラシック」など。趣味は料理と芸術鑑賞。最近はまっているのは筋トレ。(週1回更新予定)
学生時代ピアノをやっていた私は、当然のことながら時々伴奏も頼まれて引き受けることがあった。その中でも最も長く伴奏をやらせて頂いた高校時代の友人が先日ヴァイオリン・リサイタルを開いた。ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタを中心としたプログラムだったが、曲目解説を書かせて頂いたこともあり、私は母校のホールへと出かけた。ピアノを弾くことからはすっかり離れてしまった私だが、彼女は高校、大学、大学院と優秀な成績で卒業し、その後はドイツ留学を経て母校で後進の指導をしながら演奏活動も続けている。学生時代から艶やかな音色と、豊かな音楽性には定評があったが、この日もそんな彼女らしさが随所に感じられる素晴らしい演奏だった。
プログラムの最後はベートーヴェンの傑作、『クロイツェル・ソナタ』。ベートーヴェンが致命的な耳の疾患に絶望し、有名な「ハイリゲンシュタットの遺書」を書いた翌年の1803年に作曲されたものだ。ベートーヴェンが不屈の精神でこの境遇を乗り越え、新たな覚悟を持って臨んだことが窺い知ることのできる、力強く、生命力に満ちた曲だ。第1楽章はイ長調の長いアダージョの序奏が付き、ヴァイオリンがスタッカートで情熱的な主題を奏で、第2楽章は静かで美しい主題の変奏曲形式、第3楽章はタランテラ風の快活なプレスト。この理想に向かって走り抜けるエネルギー! 『クロイツェル・ソナタ』は同名のトルストイの小説も好きで学生時代愛読していたものだ。久しぶりにヴァイオリンの美しい生の音色に触れたので、今回は伴奏者目線でヴァイオリンの名曲をご紹介したい。
ベートーヴェン ヴァイオリン・ソナタ 第9番 「クロイツェル」 オイストラフ/オボーリン Beethoven Violin Sonata No. 9 in A Mino≪Kreutzer ≫
私が高校生当時伴奏したヴァイオリン曲の中でも最も有名なのが、やはりメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲ホ短調Op64だろう。ヴァイオリンという楽器の特性をこれほどまでに見事に生かした協奏曲もない。歌心に満ち、哀愁を帯びた美しいメロディー。華麗なテクニックも散りばめられ、もし自分がヴァイオリニストだったら是非弾いてみたい曲ナンバーワンだ。
メンデルスゾーン; ヴァイオリン協奏曲ホ短調 Op. 64 第1楽章
もう一つ印象深いのはポーランドの作曲家、ヘンリク・ヴィエニャフスキのヴァイオリン協奏曲第2番ニ短調Op22。高校時代、私はどちらかというと長調の曲を好んでいたが、ヴァイオリニストの友人は短調の曲を好んでいた。この辺りにも専攻楽器によって好みが分かれるところなのかもしれない。ヴィエニャフスキの2番の協奏曲も短調で歌われるこってりとしたメロディーがいかにも、といった感じで、当時の私にはあまりにロマンティックでトゥーマッチな気もしていたが、そのぶんヴァイオリン・パートはとても難しそうだった。音程に苦労していた友人の練習風景とともによく覚えている。
ヴィエニャフスキ; ヴァイオリン協奏曲第2番ニ短調 Op. 22 第1楽章
協奏曲のオーケストラ・パートをピアノで弾くのはとても難しい。どの楽器が弾いているかで音色も変わってくるし、ピアノに置き換えると技術的にも大変だったりする。私が最も苦労したのはシベリウスのヴァイオリン協奏曲ニ短調Op47だ。第1楽章の冒頭、霧の中から浮かび上がるような弦楽器のパートを受けて、ソロが入ってくるのだが、この冒頭のピアニシモが非常に難しい。外国人の先生の公開レッスンで友人が弾いた時にも伴奏したのだが、肝心のヴァイオリンよりピアノの方を注意されるという情けないエピソードもある。
シベリウス; ヴァイオリン協奏曲ニ短調 Op. 47 第1楽章
そういえば以前私が担当していた番組で、バリバリの現代音楽の作曲家が所属する組織で働く女性をゲストに迎えたことがあったのだが、彼女も音大のピアノ科を卒業した、という経歴の持ち主だった。現在の彼女の立場を考えると当然現代音楽のオンパレードとなりそうな番組プログラムを予想していたのだが、意外や意外、ロマン派のヴァイオリン曲ばかりを選んできたのにはびっくりした。でも同じ「ピアノ科女子」というくくりで考えると、ピアノにはない個性を持ったヴァイオリンに憧れる彼女の気持ちが私にはとてもよくわかる。
その時に放送した曲目は私も大好きな作品ばかり。フランスの作曲家フォーレのヴァイオリン・ソナタ第1番イ長調Op13は冒頭からその淡い色彩の和声に酔いしれ、引き込まれてしまう。フランクのヴァイオリン・ソナタもどの楽章をとっても名曲だ。個人的にはマルタ・アルゲリッチとイヴリー・ギトリスの共演で聴いた別府アルゲリッチ音楽祭でのライヴが最高だった。そして忘れてはならないブラームスのヴァイオリン・ソナタは、登山事故で悲劇的な死をとげたウィーン・フィルの名コンサートマスターだったゲアハルト・ヘッツェルが亡くなる前に録音した全3曲が素晴らしい名演だ。
フォーレ; ヴァイオリンソナタ第1番イ長調 Op. 13 第1楽章
ピアノは一度鍵盤を押してしまうとクレッシェンドすることはできないし、物理的にはポルタメントもできない。ピアニストは伴奏者という立場で接している時に、音から音へと自由自在に渡り歩くことのできるヴァイオリンに羨ましいものを感じているのだ。ヴァイオリンは美しいメロディーラインがあってこそ、そう考えると自ずと選曲がロマン派の作品となってくるのは自然なことである。
その時の番組のサブ・タイトルは『ピアノ科女子目線のヴァイオリン愛』だったことも書き添えておこう。
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