RADIO DIRECTOR 清水葉子
フリーランス・ラジオディレクター。TOKYO FMの早朝の音楽番組「SYMPHONIA」、衛星デジタル音楽放送ミュージック・バードでクラシック音楽の番組を多数担当。「ニューディスク・ナビ」「24bitで聴くクラシック」など。趣味は料理と芸術鑑賞。最近はまっているのは筋トレ。(週1回更新予定)
5月3日の池袋での公演を無事聴き終え、職場の半蔵門へ移動。まだ片付け仕事が残っていたのである。次は17時半から国際フォーラムのホールCでロシアのエカテリンブルク・フィルハーモニー合唱団。このコンサートをピックアップしたのは時間的な都合もあるが、プログラム冒頭にラフマニノフ「晩祷」からの1曲があったから。その昔、職場の同僚が合唱オタクで、このラフマニノフの「晩祷」を勧められて初めて聴いたのを思い出す。無伴奏の混声四部合唱だが、音域の広さとラフマニノフ特有の重厚で複雑な和音によって、幾重にも重なる歌声の響きは厳かで神秘的な魅力に満ちている。
ラフマニノフ:晩祷
この公演は、後輩ディレクターMちゃんも行きたい、ということで一緒に向かうことになった。Mちゃんと私は別々にチケットを買っていたので、彼女は3階席、私は1階席のやや左寄りだった。そのためか私は響きのバランスがちょっと悪いようにも感じた。Mちゃんは一緒に仕事をしているオーディオ評論家の先生に「合唱の場合は響きが上にくるので、2階席より遮るもののない3階席の方がいい」との助言を受けて3階席を選んだらしいのだが、さすがである。プログラム後半はロシア民謡。力強くどこか逞しいアンサンブルはいかにもロシア流。ユーモラスにソロをフィーチャーした作品も多くプログラム的にも楽しめたし、ソリストの歌声も素晴らしかった。
さて、合唱コンサートが終わってMちゃんは池袋に向かい、私は次に21時半から同じホールCでパヴェル・シュポルツルのヴァイオリンを聴くことになっていた。実は21時15分からはホールAでアレクサンドル・クニャーゼフのチェロでドヴォルザークの協奏曲があったのだが、これを間違えて買ってしまったため、知り合いに譲った、という失敗談は前回のコラムで書いた。まだ次のコンサートまで時間もあったので食事をするために三菱一号館内にあるカフェに向かった。
カフェ1894は現在美術館として使われている三菱一号館のかつての銀行営業室を当時のままに復元したカフェで、高い天井とクラシックなムードがなんともシックな佇まい。不定休だが基本的には土日も23時まで営業しているので、こんな時にも重宝する。ゆっくりと食事を楽しんでから知り合いはホールAへ、私は少しブラブラと売店などを見ながらホールCへと向かった。
パヴェル・シュポルツルはチェコのヴァイオリニスト。彼は愛器である珍しい青いヴァイオリンを演奏することでも知られている。以前番組でバッハの無伴奏ヴァイオリンのソナタとパルティータのCDを聴いていて、その豊かな音の響きが圧倒的で非常に印象深く、しばらく耳から離れなかったので、ライブを聴いてみたいと思っていたのだ。今回はジプシー・ウェイという彼の率いる音楽家達との演奏で、ロマ(ジプシー)音楽のプログラム。ブラームスのハンガリー舞曲第1番や自作のジプシー風の曲も、ツィンバロンなどの伴奏が加わると一気に異国風になる。一転ピアソラのアヴェ・マリアなどはしっとりと美しく聴かせる。またモンティーの有名なチャールダーシュも相当にテンポを走らせていたが、音程が全くぶれず、フィンガリングが完璧になのには舌を巻いた。これはそんじょそこらのヴァイオリニストではない最高のテクニックの持ち主である。そのせいか決して雑な演奏にならず最後まで上質なのにノリ良く楽しませてくれたシュポルツル。他のお客さんも満足気で、私も幸せな気分で家路に着いた。
モンティ:チャールダーシュbyパヴェル・シュポルツル(Vn)
翌日は2公演でどちらもピアノがメイン。18時半からはホールDでハンガリーの作曲家リゲティの「ムジカ・リチェルカータ」などを中心とした現代音楽のプログラム。しかしこの「ムジカ・リチェルカータ」はただ聴いているだけでもリズムに特徴があるし、時に聴きやすいフレーズも登場する。全11曲からなり、第1番は「ラ=A」と「レ=D」の音しか使わない。1音ずつ音が加えられ、最後の11曲では全ての12音が使われるという曲集だ。ここでは抜粋して7曲が演奏された。ピアニストのフローラン・ボファールはメシアン夫人のイヴォンヌ・ロリオに師事し、ブーレーズのアンサンブル・アンテルコンタンポランでピアノ・ソリストを務めるなど、現代音楽のスペシャリスト。空気が張り詰める、といった感じではなく適度な緊張感を持った演奏でこれも全く退屈しなかった。
リゲティ:ムジカ・リチェルカータ第1番
最後はラルス・フォークトのピアノと指揮、ロイヤル・ノーザン・シンフォニアでベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番がメインプロ。フォークトのシャープなピアノも楽しみにしていたのだが、ちょっと誤算だったのがホールAの広すぎる空間と弾き振りによるピアノの配置(客席にお尻を向けて弾く配置)と、はたまたPAのせいか、音がもやもやして聴こえて、アンサンブルがバラバラに聴こえてしまうということ。その特性は前半のウェーベルンの「弦楽四重奏のための緩徐楽章」では弦楽の響きに溶け込んでいて然程気にならなかったのだが。
ウェーベルン:弦楽四重奏のための緩徐楽章(オリジナル版)
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番byラルス・フォークト(P)
いろいろ失敗もあったが、何よりラ・フォル・ジュルネという音楽祭が素晴らしいのはお客さんが本当に楽しそうに、満足してコンサート会場を後にすることだ。これこそが本来あるべき音楽の姿だと思う。私も来年こそはしっかりと準備を整えてゆっくりと音楽を愉しみたいものである。
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