RADIO DIRECTOR 清水葉子
フリーランス・ラジオディレクター。TOKYO FMの早朝の音楽番組「SYMPHONIA」、衛星デジタル音楽放送ミュージック・バードでクラシック音楽の番組を多数担当。「ニューディスク・ナビ」「24bitで聴くクラシック」など。趣味は料理と芸術鑑賞。最近はまっているのは筋トレ。(週1回更新予定)
ごく普通の人がクラシック音楽に触れる最初のきっかけは〈音楽の授業〉という場合も多いだろう。音楽室に飾られた作曲家の肖像画とともに記憶に残っている、なんて話もよく聞く。考えてみれば学校教育というのはかなり重要な役割だ。
私が担当しているTOKYO FMのクラシック音楽番組SYMPHONIAでもリスナーからそういったエピソードやリクエストが届くのだが、その中でもダントツの人気曲がドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」である。特に第2楽章のラルゴは「家路」や「遠き山に陽は落ちて」といった日本語のタイトルによる編曲でもとりわけ親しまれている。その美しい民謡風の旋律はどこか日本の童謡にも似て、人々の気持ちに郷愁とともにフィットするのだろう。また管楽器が活躍する第4楽章などは吹奏楽に親しむ人にも馴染み深いし、アマチュアのオーケストラもよく演奏している。しかしこの曲の人気は日本だけに留まらない。世界の名門オーケストラが古今こぞって録音しているのを見ても、やはり世界的に愛されている楽曲なのだ。
かくいう私も初めて自分でチケットを買い求めて行ったオーケストラのコンサートがドヴォルザークの「新世界より」だ。ピアノをやっていた私は、どちらかというと第2楽章の穏やかなサウンドよりも、第4楽章のオケならではの迫力と疾走感にたまらない魅力を感じていた。それを是非生のオーケストラの響きで体感したいと思い、小学校の終わりの春休み、地元の市民会館で行われたNHK交響楽団の公演を聴きに行ったのである。
大人になり、仕事でも「新世界より」をディスクはもちろんコンサートで聴く機会は増えたものの、人気曲ゆえ、回数も多い。そうなるとどこかありがたみが薄れて、なんとなく聴き流してしまうことも多かったのだが、先日久しぶりに「ああ、いい曲だなぁ」と改めて感じた演奏に出会った。ヤクブ・フルシャの指揮するバンベルク交響楽団の来日コンサートである。
指揮者のヤクブ・フルシャは1981年生まれ。作曲家ドヴォルザークと同じチェコ出身である。母国のチェコ・フィルハーモニー管弦楽団を始め、フィルハーモニア管弦楽団、東京都交響楽団でも首席指揮者を務めるなど、日本でもお馴染みの存在だ。世界の名だたるオーケストラや音楽祭、オペラハウスでの活躍もめざましく、このコラムでも取り上げた、英国ロイヤル・オペラのバリー・コスキー演出の『カルメン』の指揮も記憶に新しい。その彼がドイツの地方オケから世界の名門オケとして、数々の名指揮者のもとで鍛え上げられたサウンドを誇る、バンベルク交響楽団の首席指揮者として来日。その演目に選んだのが、この「新世界より」だった。
ヤクブ・フルシャ
プログラムのもう1曲は同じドヴォルザークの交響曲第8番ト長調。「イギリス」という副題で呼ばれることもあるが、これは作曲者の意図によるものではなく、本来の楽曲とは関係がない。第9番より前の作曲だが、ドヴォルザーク節ともいえるチェコの民俗的な味わいは既に健在。また第3楽章のブラームスを思わせるロマンティックなメロディーは、やはり人心を惹きつける魅力に満ちている。実際ドヴォルザークとブラームスは親交も深く、ブラームスは積極的にドヴォルザークを世に紹介し、そのメロディーメーカーとしての才能を高く評価していた。
ドヴォルザーク:交響曲第8番ト長調Op88
しかしやはりコンサートの白眉は代表作「新世界より」だ。ドヴォルザークがチェコからアメリカに渡り、新天地で書かれたこの交響曲は、そこで出会った黒人霊歌などの音楽の要素を取り入れ、祖国ボヘミアへの思いも盛り込んで作曲され、初演は大成功だったという。
同じ祖国を持つ指揮者フルシャは、聴き慣れたこの曲を実に新鮮に丁寧に音楽を紡いでいく。第2楽章のラルゴもややゆったりめのテンポで、弱音をまるで何か壊れやすいものを慈しむかのように大切に、慎重に鳴らしていく。メロディーを奏でるコールアングレの音色も見事で、その美しさはボヘミアの森を思わせるように神秘的であった。続く第3楽章のスケルツォは一転快活なリズムで始まる。弾力を持ったフレージングはフルシャの特徴だが、リズミカルな楽曲には特にその特性が生かされてサラブレッドが疾走するかのような爽快感だ。そして終楽章のアレグロ・コン・フォーコ。金管楽器の力強い響き。決して力任せではなく、伸びのある音と芯のあるリズム感に支えられ、音楽の膨らみに安心して身を委ねた。そして私は子供の頃、純粋にこれを聴いてオーケストラの生音に触れたいと思った自分の−−言い方が適当かはわからないが−−まだ新鮮だった耳を懐かしんだ。
ドヴォルザーク:交響曲第9番ホ短調Op95「新世界より」
そのフルシャのタクトに実に敏感に反応するバンベルク響も見事だった。実はその前日にドイツがサッカーのワールドカップでまさかの予選敗退となっていたので、団員たちの士気をちょっと危ぶんでいたのだが、さすがにプロはそんなことで演奏の質を落とすことはなかったようである。
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