RADIO DIRECTOR 清水葉子
音大卒業後、楽器店勤務を経てラジオ制作会社へ。その後フリーランス。TOKYO FMで9年間早朝のクラシック音楽番組「SYMPHONIA」を制作。衛星デジタル音楽放送ミュージックバードではディレクター兼プロデューサーとして番組の企画制作を担当。自他ともに認めるファッションフリーク(週1回更新予定)
ピアノはあらゆる楽器の中でも非常に完成された楽器である。特にモダンピアノはその構造や素材、大きさや汎用性、全ての音楽教育の基本になっていることからもわかる。それだけに一見、誰が弾いても同じ音がすると思われがちである。物理的にはどんな名ピアニストが指で触れても、猫が前足で鍵盤を叩いても、調律さえされていれば同じ音が鳴るのである。しかし、音楽としてそれを奏でた時、そこには演奏家の個性や人生が映し出される。それを感じるのはやはり長い人生を生きてきた巨匠たちの演奏ではないだろうか。
最近ではフォルテピアノの響きや時代性が重んじられることも増え、巨匠的な演奏というのはどこか古臭い、と思われる傾向もあるが、久しぶりにそんな人生経験が滲み出るピアニストの存在を知った。ルース・スレンチェンスカ。2018年にサントリーホールで行われた彼女のリサイタルのライヴ録音のディスクを番組で紹介したことがきっかけだった。
ルース・スレンチェンスカ
ルース・スレンチェンスカの名前はもちろん、日本で知る人はそう多くはないだろう。しかしその経歴はすごい。
1925年カリフォルニアで生まれ、母はポーランド系ユダヤ人、ヴァイオリン奏者でもあった父に厳しい音楽教育を受け、4歳の時に初リサイタル。このリサイタルをきっかけに高名なピアニスト、ヨーゼフ・ホフマンのレッスンを受けることになる。彼が院長を務めるカーティス音楽院で奨学金を受けて学び、ヴァイオリニスト、ミッシャ・エルマンの協力を得てベルリンに渡り、ここでもあのアルトゥール・シュナーベルのレッスンを受ける。6歳でベルリンでのデビュー。その頃のベルリンでは、あのフルトヴェングラーやブルーノ・ワルターがベルリン・フィルを振っていた時代。ラフマニノフ、メニューイン、ハイフェッツなどの演奏も直に聴いていた彼女は、たまたま演奏旅行に来ていたコルトーにもピアノを聴いてもらう機会を得て、パリに渡って彼の教えを受ける。コルトーの世話もあってパリ・デビューをした時もまだわずか7歳というから驚きである。ラフマニノフ自身の頼みで彼の代役を務めたこともあったという。彼女にとってラフマニノフは、教えを受けた数多くの名ピアニストたちの中でも最も印象的な存在だったようだ。作曲家としての目線で曲の構成を見る、ということと音の「色彩」について学んだと話している。
ラフマニノフ
彼女へのインタビューをまとめた「のこす言葉 ルース・スレンチェンスカ94歳のピアニスト 一音で語りかける」という本には、綺羅星のごとく登場するその時代のスター演奏家との交流が語られている。
その中で幼い頃から才能を酷使され、暴力にも等しい父親からの厳しい躾と教育、また第二次世界大戦という暗い時代の中で思春期を迎えた彼女もまた挫折を経験する。
それ以降、華やかなステージからは一線を画し、私生活では二度の結婚をするなど、絶対的な父親の存在から逃れ、一人の女性として穏やかに暮らしたことで音楽界からは少し忘れられたような時期もあったが、アーサー・フィードラーなどがカムバックを後押しし、若き日の小澤征爾などとも共演をしている。
またこの本には日本への5回目の来日となった2007年4月にクララ・シューマンが使っていたという1877年生グロトリアン・ステインヴェッグのピアノを用い、岡山で樹齢千年という醍醐桜に奉納演奏した写真が掲載されているが、クララ・シューマンは彼女のロール・モデルでもある存在だとか。
印象的なのは「芸術を追求するのは森の中をさまよい続けるようなもの」という言葉である。ピアニストにとってそれは本当に気の遠くなるような孤独な作業だ。それを紛らわすためにルービンシュタインは大好きなチョコレートと本を傍らに、ギーゼキングは蝶の蒐集をしていたという。歴史に名を残す偉大なピアニストである彼らでさえ、そうした心の支えが必要だったのだ。またホロヴィッツやアラウらが仲間内で集まって話していたのは舞台に出る前にどんな薬(ピル)を飲んでいるか、ということだった。ホロヴィッツがキャリアの途中で何度か姿を消しかけたことがあった事実からもそれはわかるだろう。演奏家としてステージに立つということがどれだけ精神的に消耗するか、ということは私たちの想像を絶する。
ホロヴィッツ
今ここにある94歳になる彼女の演奏を現役ばりばりのピアニストのそれと比較してあれこれいうのは簡単だ。当然テクニック的には衰えも目立つが、それでもラフマニノフの練習曲やブラームスのラプソディなど、このプログラムを組む意欲と熱意は、並々ならぬものがある。同時に20世紀という時代を生きたピアニストとしてのプライドも感じられる。
「昨日までの私の演奏は忘れてください、今日の方が更によいから」。
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