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Column Feature Tweet Yoko Shimizu

映画『蜜蜂と遠雷』

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、楽器店勤務を経てラジオ制作会社へ。その後フリーランス。TOKYO FMで9年間早朝のクラシック音楽番組「SYMPHONIA」を制作。衛星デジタル音楽放送ミュージックバードではディレクター兼プロデューサーとして番組の企画制作を担当。自他ともに認めるファッションフリーク(週1回更新予定)

映画「蜜蜂と遠雷」を観た。原作は恩田陸の小説で、若きピアニストたちの葛藤と成長を描くコンクールを舞台にした物語。直木賞と本屋大賞をダブル受賞というのもあって、当時から関連の音源が発売になるなど、音楽業界でも話題になっていた。近年はこうした音楽をテーマにした小説や漫画が注目を集めることが多くなっている。「羊と鋼の森」では調律師が、「マチネの終わりに」はギタリストが主役となっている。しかしやはりピアノやピアニストは物語になりやすいのか作品の数も多い。少し前の「のだめカンタービレ」や「神童」、最近ではアニメ化された「ピアノの森」も話題だ。「蜜蜂と遠雷」は番組でも散々紹介していたのだが、私はまだ小説も読んでいなかったので、映画化されたのをきっかけに遅ればせながら観に行ったというわけである。

icon-youtube-play 映画「蜜蜂と遠雷」予告編

実はこの映画では私の母校のホールが撮影に使われていて、記憶より少し古くなったレンガ作りの外壁や、内部の螺旋階段、舞台中央のパイプオルガンなど、懐かしさでいっぱいになった。それは私が青春時代を過ごした場所でもある。初めてパイプオルガンを聴いたのも、オペラを観たのもこの場所だった。ピアノ科の生徒だった頃が走馬灯のように頭に浮かび、ラスト近くでは不覚にも涙ぐんでしまった。涙脆くなったのは歳をとった証拠だろうか。

個人的な思い出はともかく、この映画が話題になっているのは、人気役者たちの起用やダブル受賞小説の原作ということもあるが、クラシック音楽世界の内情を描くのに監修を徹底して行なっていること、そしてそれを尊重して最大限生かしているからに他ならない。これまでの作品ではストーリーのわかりやすさを優先させるあまり、例えば主人公が演奏する晴れの舞台での音楽など、現実の場面ではあり得ない曲目を用いたり、一部の有名なメロディーをちょこっと聴かせるだけだったり、もちろんその吹き替え演奏もプロに頼んでいるとはいえ、それが話題になることも少なかった。

しかし今回この「蜜蜂と遠雷」は徹底している。まず登場するピアニストたちの演奏を、現在日本をはじめ世界でも活躍している一流アーティストがつとめているという点が特筆に値する。かつて天才少女と呼ばれ長いブランクを抱えた〈栄伝亜夜〉にヨーロッパでも活躍目覚ましい河村尚子、コンクールのダークホースとなる異端の存在〈風間塵〉に、先日のリアルなチャイコフスキーコンクールで第2位入賞を果たした若干20歳の藤田真央、インターナショナルな正統派の貴公子然としたキャラクターの〈マサル・カルロス・レヴィ・アナトール〉を、ハンガリーの血を引く技巧派の金子三勇士、そして最年長の挑戦者で、妻と子を持つ〈高島明石〉には中堅ピアニストとしての豊かな感性を持つ福間洸太朗と、個性も実力も兼ね備えた面々が名を連ねている。

icon-youtube-play 河村尚子

icon-youtube-play 藤田真央

icon-youtube-play 金子三勇士

icon-youtube-play 福間洸太朗

また劇中コンクールの課題曲として詩人の宮澤賢治の「春と修羅」からインスパイアされたという新曲が登場するのだが、これもイギリスなどで評価の高い日本人作曲家、藤倉大が担当しているのも注目である。この「春と修羅」に関しては同じ曲を違う人物がコンクールで弾く、という見せ場がある。小説の中ではエピソードとして成立しても、映画の中で観客に演奏の違いをわからせるのはなかなか難しい。単なるエンターテイメントとしての演出だけではなく、「音楽」そのものを聴かせる、というポイントに焦点を絞ったのは制作側の覚悟も大したものだと思う。

icon-youtube-play 藤倉大「春と修羅」

この映画に音楽業界側も全面的に協力を惜しまなかったのは、既にクラシック音楽ファンだけに向けたプロモーションでは大きな影響力がなくなってきている、という憂慮すべき事情もあるだろう。この映画をきっかけに優れた演奏家たちがもっと世間に知られるべきだと思うし、クラシック音楽の素晴らしさを多くの人に届けたいという思いは、やや閉塞気味のこの業界にいる私も同様である。

印象的なシーンを少し挙げよう。亜夜とその幼馴染であるマサルが、本選前に指揮者とのコミュニケーションが上手くいかず悩み2人で練習していたシーンでは、やはり友人とピアノ協奏曲を2台のピアノで練習した自分の高校時代を思い出した。その友人は今ではこの世にいなくなってしまったが……。またラストのコンクール本選の場面で、亜夜がプロコフィエフのピアノ協奏曲第3番を弾くのだが、一般的にいってこの曲はさほどメジャーとも聴きやすい曲とも言えないと思うのだが、多少編集があったとはいえ、かなりの長尺で曲を聴かせた。その数分間は物語のクライマックスという背景もあるのだが、河村尚子の見事に説得力のある演奏と、それを演じる松岡茉優の自然な演技も良かった。

icon-youtube-play プロコフィエフ/ピアノ協奏曲第3番第1楽章

何よりプロコフィエフの楽曲の持つ諧謔的な高揚感がアドレナリンを放出させた。昔の記憶もフラッシュバックして1人映画館の客席で涙ぐむ、という冒頭に戻る。まんまと「蜜蜂と遠雷」の世界に惹き込まれてしまった。

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