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Dilemma

Column Feature Tweet Yoko Shimizu

ショスタコーヴィチとチェルノブイリとハロウィン

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、楽器店勤務を経てラジオ制作会社へ。その後フリーランス。TOKYO FMで9年間早朝のクラシック音楽番組「SYMPHONIA」を制作。衛星デジタル音楽放送ミュージックバードではディレクター兼プロデューサーとして番組の企画制作を担当。自他ともに認めるファッションフリーク(週1回更新予定)

地下鉄から渋谷の地上に出た途端に「しまった」と思った。そう、その日は10月31日。ハロウィンだったのである。仮装した若者たちの間を通り抜けながら私が向かったのはBunkamuraのル・シネマ。ボリショイバレエのライブビューイングを観に行く予定になっていた。

演目はショスタコーヴィチのバレエ「黄金時代」。これは旧ソ連の作曲家、ドミトリー・ショスタコーヴィチの初期バレエ音楽作品であり、1930年のレニングラード初演以降長らく上演されることがなかったものの、1982年ロシアの振付家、ユーリ・グリゴローヴィチによってボリショイ劇場で再演されたものである。初演当時はいわゆる「社会主義リアリズム」にそぐわないと批判され、ショスタコーヴィチ自身も意に染まないところが多分にあり、聴衆からの音楽への評判も散々だったという曰く付きの作品。まさにボリショイバレエでしか観られないレアな演目でもある。

ショスタコーヴィチは複雑な二面性を持った作曲家として知られる。政治と芸術は歴史の中で時に重要な関係性を持つ。旧ソ連時代の音楽にも色濃く影響していて、その代表的な作曲家がショスタコーヴィチだろう。当時から作曲家としての名声を得ていた彼の音楽は政治的プロパガンダに利用されることも多かった。体制に背くような音楽を書いて批判されれば、逆にご機嫌をとるような作品を書いてみたり、その実、曲の中に一聴してはわからないように反逆的なモティーフを忍ばせていたりするのだが、時代の中で見ると一見コロコロと作風が変わっているようにも指摘される。その「社会主義リアリズム」の代表的な作品としては有名な交響曲第5番などが挙げられる。

icon-youtube-play ショスタコーヴィチ:交響曲第5番

そんな時代背景の中で、このバレエ「黄金時代」のストーリーも初演当時はブルジョア対労働者といった短絡的な図式だったらしいが、今回のライブビューイングのグリゴローヴィチ版は1920年代のレストラン〈黄金時代〉を舞台にした、ダンサーのリタと彼女をめぐる男女の恋愛関係を軸にした争いとなっている。

しかしショスタコーヴィチの初期のモダニズムへの傾倒もあって退廃的ムードを醸し出す酒場やダンスホールの音楽もあるかと思えば、マスゲームのような群舞もあったりして(ダンサーは赤い国旗をデザインした衣装を纏っている)、今観るとなかなか刺激的な面白さだ。

また伝統と歴史を誇るボリショイバレエの実力は今回も素晴らしかった。1人のソリストが抜きん出ている、というよりは全てのダンサーの実力が拮抗していて高いレベルにあり、作品として鑑賞するにも全幕において見応えがあった。

「黄金時代」は今では殆ど全幕上演されることはないが、ショスタコーヴィチのこの作品での音楽はジャズやタンゴなど比較的耳馴染みの良い音楽が多く、現在では単独で演奏される有名な「タヒチ・トロット」や「ポルカ」なども含まれる。

icon-youtube-play バレエ「黄金時代」よりタヒチ・トロット

旧ソ連時代にはショスタコーヴィチをはじめ、本来の表現を歪めることを余儀なくされた芸術家も多いが、近年はそんな時代の芸術も歴史の一部として受け止め、政治的な意味合いを俯瞰して、鑑賞される機会も増えてきた。

先日、アメリカのHBOが制作、放送したドラマが日本でも有料チャンネルで放映された。あの「チェルノブイリ」原発事故を忠実に再現したドラマである。私もたまたま契約していたスターチャンネルで観たのだが、凄まじいドラマだった。当時のソ連政府の隠蔽体質と現場の上下関係が事態をどんどん悪化させ、やがて歴史上類を見ない事故へとなってゆく様を克明に描いていて、背筋が凍りついた。一瞬で寿命が半分になるような現場で、何も知らず救助に当たった消防士や、上司の命令により現場を見に行った職員たち。彼らはその後、放射能により顔の原形をとどめないほどに皮膚がただれていく。その様子をなすすべなく見守るしかできない家族。国という巨大な組織のつく「嘘の」代償ははかりしれないほどに重い。しかし「真実は常にそこにある」。ドラマの核となる事件の究明に当たるレガソフ博士の言葉だ。

icon-youtube-play ドラマ「チェルノブイリ」

先頃亡くなったポスト・クラシカルの作曲家、ヨハン・ヨハンソンの弟子でもあるというヒドナ・グドナドッティルの音楽も耳に残る。最終話、一見平和を取り戻したかのように見えるチェルノブイリ近郊の町の映像。そしてエンディングで流れるロシアの聖歌のような合唱が絶望と平和の混沌のように響いてきた。多くの犠牲を経て、現代が果たして本当に自由と安全を得たのだろうか、と考えると複雑な思いがする。

icon-youtube-play 「チェルノブイリ」エンディングソング

映画が終わって渋谷駅へと向かう途中、仮装した外国人女性のバッグのファスナーに私のイヤフォンのコードが絡まってしまい、しばし格闘。早くこの人混みを抜け出したいという焦りから、いっそのことイヤフォンを諦めるか、という考えも頭をよぎった時、ようやく絡まったコードが外れた。外国人女性は「ウケるー」という日本語を発して、仲間と人混みに紛れていった。

かつて不自由な生活を強いられ、逃れたいと思いつつもしがらみを抱えて生き続けた人々のことを考えると、あまりにも自由なハロウィンの喧騒の只中を、私はただ呆然としながら歩いて行った。

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