RADIO DIRECTOR 清水葉子
音大卒業後、大手楽器店に就職。クラシック音楽ソフトのバイヤー時代にラジオにも出演。その後に制作会社を経て、現在はフリーのラジオディレクターとして番組の企画制作に携わる。番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど幅広く活動中。
リモートワークもぼちぼち1ヶ月以上経過して習慣になってきた。その中でいろいろ問題点も浮上してくる頃だ。今回は反省会ということで振り返ってみようと思う。ぶっちゃけて言えばこのコラムについても何を書いていいのかわからない、という事態である。コンサートもない。イベントもない。いくつか注目すべきオンラインでの催し物があるとはいえ、これも鑑賞するのにいささか集中できないのは、自宅で長時間PCに向き合っていても、やれ宅急便が届いたり、洗濯機や乾燥機の終了音が鳴り響いたり、日常生活の真っ只中にエンターテイメントが入り込んでくるのはどうにも居心地が悪いのである。自宅にホームシアターとかオーディオルームみたいなのを備えている人は別なのかもしれないが、都内の端っこにあるマンションの一室で生活をしている身ではなかなか雑念が多い。
最初の頃は、満員電車に乗らなくて済むとか、それまで忙しくてできなかった料理をしたり、久しぶりにカーテンも洗ってすっきりと片付いた自宅に仕事道具を全て持ち帰ったら殊の外リモートワークが捗ったりして、これも「働き方改革」という流行りのワードを頭に掲げて納得しかけていたところがあった。しかしほぼ家で大人しく過ごしていたゴールデンウィークが明けて、ちょうど季節も夏の陽気になってきた辺りから、在宅で体力がなくなっているのもあるのだろうか、早くも夏バテ的な様相を呈し、ちょっと5月病感覚に陥ってしまった。理由は簡単で、感覚的な「刺激」がないのである。
インターネットやSNSは現実世界のコミュニケーションを補足するためのツールとしては適当なのかもしれないが、同調圧力が過ぎるきらいもあったりする。しばらくするとバトンリレー形式の「〇〇チャレンジ」とかいうのがFacebookのタイムラインを埋め尽くすようになっていた。私の周りでは音楽や本についてのリレーが多かったような気がするが、幼い頃の写真とか、おにぎりの写真をアップするとか様々なバージョンを目にするようになり、もちろんそれはそれで興味深かったり、微笑ましい写真にほっこりしたりもするのだが、次第に距離を置くようになってしまった。「自粛疲れ」が自分にも襲ってきているようだった。
そんな時に神戸在住のライター、かのうよしこさんから夫婦でYouTubeを始めたのでゲストとして出演して欲しい、との依頼を頂戴した。かのうさんは東京藝術大学で声楽を学んでいた経歴を持ち、合唱やヴォイストレーナーとしても活躍する一方でIT系や造園関係のライターとして執筆活動をしている。また彼女の夫の山田光利さんは特許事務所で働きつつデジタルヘルス等のIT領域のライターとして活躍中だ。
なんでもこのコラムで私のラジオディレクターとしての日常を書きなぐった内容が興味を引いたとかで、特にZOOMで収録を行ったエピソードについて話して欲しいとのことだった。普段は音声メディアで話すことについてやいのやいの注文をつけている側が俎板の鯉となるのはちょっと不安もあったが、閉塞気味の状態に風穴を開ける意味もあって引き受けることにした。
「テクノ夫婦のだらだら神戸だより」という緩いチャンネル名ではあるが、もともとライターとしてインタビューも頻繁に経験しているお二人なので、こちらの拙い話を的確に捉えて鋭い質問をしてくれたり、絶妙にフォローをしてくれたり、ホストとしての能力の高さに驚いてしまった。こうして自ら話しながらトークの内容を俯瞰して聴いていたり、時間の流れを気にしながら、これ以上話しを進めると終着点を失ってしまうな、などと時間配分を考えていたのはディレクターとしての職業病……。
期せずしてSNSのバトンリレー形式ではないが、話の中でアルバムと本を一つずつ紹介することになった。リモート時代のラジオ収録現場というテーマだったので、録音といえば象徴的な存在、グレン・グールドの演奏したバッハの「ゴルトベルク変奏曲」と、パンデミックを描いたアルベール・カミュの小説「ペスト」を紹介した。
バッハ/ゴルトベルク変奏曲byグレン・グールド(P)
「ペスト」については、前回のコラムでも取り上げたのだが、感染症をめぐる人間の集団心理や、医師や政治家たちの対応などは、現実に見聞きしていることと同じだと気付いてしまう。まさに今読んでおくべきタイミングの本だ。実はグールドについてはミュージックバードの番組「ウィークエンド・スペシャル」の6月放送で音楽評論家の山崎浩太郎さんが詳しく解説付きで様々な音源をご紹介しているので、乞うご期待。
思いがけずディレクターがゲストに呼ばれる、という逆転トピックがあったので今回はいい刺激となった。緊急事態宣言も今月いっぱい続いていく。肩凝りも酷くなっていたので、5月病を脱却すべく、今日はオンラインでバレエ・ストレッチのクラスを受けた後にこれを書いてみた。
「テクノ夫婦のだらだら神戸だより」第16回
「テクノ夫婦のだらだら神戸だより」は他にも興味深いお話やゲストを迎えてライブ配信しているのでご興味のある方は是非チャンネル登録をどうぞ。
清水葉子の最近のコラム
ラトルの『夜の歌』〜バイエルン放送交響楽団来日公演
ラジオ番組の制作の仕事を始めてから早25年。制作会社員時代、フリーランス時代を経て、3年前からはまがりなりにも法人として仕事を続けている。その会社名に拝借したのがイギリス人指揮者のサイモン・ラトル。「Rattle」とはお…
SETAGAYAハート・ステーション
私は現在、エフエム世田谷で障害を持つ方にフィーチャーした番組「SETAGAYAハート・ステーション」を担当している。 30年前の阪神淡路大震災をきっかけに注目を集め、以降、日本各地でたくさんのコミュニティFM局が誕生して…
アントネッロの『ミサ曲ロ短調』
バッハの声楽曲でマタイ、ヨハネという二つの受難曲に匹敵する宗教的作品といえばミサ曲ロ短調である。 これまでの番組制作の中でも数々の名盤を紹介してきたが、私のお気に入りはニコラウス・アーノンクールの1986年の演奏。いわゆ…
目黒爆怨夜怪とノヴェンバー・ステップス
先日、友人Cちゃんの誘いで薩摩琵琶を伴う怪談のライブに行った。人気怪談師の城谷歩さんと薩摩琵琶奏者の丸山恭司さんによる「目黒爆怨夜怪」と題されたイベントは、文字通り老舗ライブハウス「目黒ライブステーション」で行われた。折…
西洋音楽が見た日本
ぐっと肌寒くなってきた。仕事が少し落ち着いているこの時期、私もコンサートや観劇に行く機会が多くなっている。ただ日々続々とコンサート情報が出てくるので、気が付くとチケットが完売だったり、慌てて残り少ない席を押さえたりするこ…