

RADIO DIRECTOR 清水葉子
音大卒業後、大手楽器店に就職。クラシック音楽ソフトのバイヤー時代にラジオにも出演。その後に制作会社を経て、現在はフリーのラジオディレクターとして番組の企画制作に携わる。番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど幅広く活動中。
世界は今、コロナ禍で活動が大幅に制約されている。何しろライブのコンサートがないので、それを補うべくオンラインでのライブ配信が主流になってきている。在宅している多くの人が、とりわけオペラやオーケストラを普段はあまり聴かない人たちにも、こうしたライブを視聴することで新たにクラシック音楽を楽しむきっかけになれば素晴らしいことだし、演奏家たちにとってもそれを披露する場が少しでもあれば気持ち的にも救われるだろう。先日の東京交響楽団の無観客ライブも記憶に新しい。様々な問題はあるにせよ、インターネットでの発信は新たに模索するべき動きかもしれない。
東京交響楽団
近年話題になっているベルリン・フィルの「デジタルコンサートホール」は世界に名だたるドイツのオーケストラ、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のオリジナル・コンテンツで、彼らの世界最高峰のパフォーマンスが会員契約することで視聴できる(一部無料のコンテンツもある)。ベルリン・フィルはもはやレコード会社頼みのメジャーレーベルでの録音や、既存のメディアでの活動には見切りをつけ、こうした独自の路線を切り拓いている。オーディオメーカーや通信会社ともタッグを組み、日本での広報活動も盛んに行っている。音楽監督に就任したばかりのキリル・ペトレンコはこれまで録音活動も少なく、なかなかメディアに姿を見せない幻の存在だったが、このデジタルコンサートホールで徐々に活動を活発化し始めているのも注目である。
私も今回のコロナ禍を機にようやく契約をしてみた。そのペトレンコの指揮による世紀末から20世紀前半の作曲家のプログラムによる無観客ライブが配信されるということで、珍しく時間を合わせてパソコンの前に張り付いた。日曜日の20時からというのは我々日本人にとってみても好都合な時間帯。しかし、リモートとはいえ仕事がやや立て込んでいた月末だったため、私は慌ただしく夕食の支度を整え、少々お行儀が悪いのだが、これを食べながらの鑑賞となった。ちなみにこの日のメニューはスペアリブの醤油とメープルシロップのオーブン焼き、レタスと厚揚げの甘酢サラダ、生姜の炊き込みご飯と生姜入り野菜スープ。20世紀前後は東洋と西洋の文化が融合した時代。狙ったわけではないが、なんとなくメニューもそれにシンクロしているではないか。
プログラムはコロナの感染を考慮して、全て室内楽サイズの小編成。まずはドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」の室内楽版。シェーンベルクの弟子でもあったベンノ・ザックスの編曲によるもの。木管楽器も活躍するのでフィルハーモニーザールのステージでは、演奏者同士の距離もだいぶあけている。冒頭のフルート、エマニュエル・パユの得もいわれぬ官能的な音色と節回しはさすがである。ドビュッシーの出世作ともなったこの作品は、オーケストラで聴くと全体のトーンがグラデーションになって、その空気感がいかにも印象派と呼ばれた当時のフランス音楽の雰囲気を醸し出す。しかしこうして室内楽編成で聴くと各声部がはっきりと聴き取れるので、時に東洋的なメロディーの流れや各楽器の音の絡み方が、より20世紀という新しい時代への幕開けに息衝くものだということも感じる。甘酢和えのレタスのサラダのしゃきしゃき感もプロローグとしてはぴったりだ。
続いてヒンデミットの室内音楽第1番。時に難解な音楽を聴かせるヒンデミットだが、これは彼のコミカルな音楽性の一面を垣間見ることができる作品。フォックストロット的なリズム感もあり、食事しながら鑑賞するのもまた一興である。しかし度々起こる不具合といえば、この状況下でインターネット回線が重いのが災いして動画がフリーズしてしまうこと! その間はヒンデミットの皮肉めいたピリッとした和声を思わせる生姜ご飯と生姜スープを味わいながら画面が復活するのを待つ。
さて、インターバルにはペトレンコのインタビューを挟んで、後半はシェーンベルクの初期の作品「浄夜」である。これは個人的にも大好きな作品なので、いったん箸を置き、楽しみに鎮座していた。ペトレンコの音楽作りは奇をてらったことをせず、作品のありのままのテクスチャーを克明に描き出すタイプの指揮者でもあるので、こうした室内オーケストラ編成の楽曲では効果を発揮するだろうと思われた。……思われたが、しかし実際にその演奏を堪能するには、音楽がここぞと盛り上がったところでの度々のフリーズがあまりにも長過ぎた……。これはペトレンコのせいでもベルリンフィルのせいでもないが、敢えていえばコロナのせいというべきか。
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
その間は仕方なくスペアリブに齧り付くわけだが、醤油とメープルシロップの甘辛いタレの耽美的ともいえる絶妙のハーモニーを味わったようにはいかず、音楽の印象が薄くなってしまったのは皮肉である。拍手のないステージと骨つき肉の残骸だけが虚しくテーブルに残った。来週には光ファイバーの設置工事が入るのだが、ライブ配信の難しさよ。やはり生で聴くコンサートに勝るものはない。
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