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Dilemma

Column Feature Tweet Yoko Shimizu

コンサート再開へ向けて

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。クラシック音楽ソフトのバイヤー時代にラジオにも出演。その後に制作会社を経て、現在はフリーのラジオディレクターとして番組の企画制作に携わる。番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど幅広く活動中。

少しずつ世の中が動き出しつつある。東京のオーケストラも徐々に活動を開始し始めているが、その母体が民間だったり、自治体だったり、或いは放送局だったりで、やはり事情が違うので演奏会の再開の仕方もそれぞれのようだ。しかし軒並み7月の本格的再開を目指して準備中である。

例えばNHK交響楽団はやはり放送というコンテンツを持っている強みで、まずは7月17日NHKホールで行われる無観客ライブをFM放送でスタート。読売日本交響楽団は7月5日から東京芸術劇場で客席を半分にして気鋭の鈴木優人の指揮で再開。東京都交響楽団は7月12日のサントリーホールで音楽監督の大野和士の指揮。6月から無観客ライブで動画配信するなど積極的にこのコロナ禍での演奏活動を探っていた東京交響楽団は7月18日のオペラシティコンサートホールでの公演も動画配信予定。音楽監督のジョナサン・ノット氏は一部映像で登場するという。

そんな中いち早く定期演奏会を再開したのは東京フィルハーモニー交響楽団である。海外から招聘している指揮者や演奏家はほぼ同様だが、当初の予定ではロシア人の指揮者ミハイル・プレトニョフが振る予定だったが、渡航制限の見通しが立たず、来日は不可能になってしまった。今回はレジデント・コンダクターの渡邊一正氏が振ることになり、曲目も1時間で休憩なしのプログラムに変更された。

icon-youtube-play 東京フィルハーモニー交響楽団

もちろん舞台上、舞台裏、楽屋でも出演者やスタッフの感染防止のため、万全の対策が取られている。具体的には楽譜や譜面台は外部接触を避け、除菌後各々の演奏者以外触らないように管理するなど、表に見えている以上に大変である。特に飛沫感染の危険が高い管楽器は神経を使う。管の中に溜まる水抜きは紙皿を使用、舞台上での楽器間には適宜アクリル板を配置など。奏者と指揮者の間隔は2メートル以上。これらのセッティング基準はウィーン・フィルなどが行なった演奏実験の検証結果に基づき、尚且つ演奏効果が落ちないような工夫を、それぞれの楽団が模索しているようである。客席も前後左右に間隔を取り、再配置。感染予防対策として入口での検温、時差での入退場などが実施された。接触の機会を減らすためにチケットのもぎりはなく、プログラムも手渡しはせずに台の上から各々ピックアップする方式だ。

これらの感染対策を取材する意味も兼ねて、私は東京フィルの公演に向かうことにした。19時開演のところ、時差入場のため1時間前に開場していたので18時過ぎにサントリーホールへ。入口には案内のプラカードを掲げた係員が立っているが、いつものような人だかりはない。客席も2000席近くあるところを300人程度に抑えていたこともあるだろうが、中に入らず外の広場で待機している人も多かった。そして手指のアルコール消毒、サーモグラフィーの検温チェックを受けて入場。

既にその週、東京フィルはオーチャードホール、オペラシティコンサートホールとコンサートを再開していたが、サントリーホールでは初、ということでホール関係者のピリピリした雰囲気がロビーを覆っていて重々しい空気が漂う。当然会話も制限されているため、人々の射るような視線を交わしながら入場券=ハガキに書かれた座席番号の2階席へ上っていく。着席している人もまばらだ。そんな早めの入場者のために18時15分からプレコンサートが行われた。管楽アンサンブルだったが、奏者達は既にリラックスしている様子で幾分ホッとする。

いつもと違う雰囲気で落ち着かない気持ちだったせいか、本番までは意外にもあっという間だった。格子状に着座した客席からは楽団員が入場すると待ちかねたように拍手が起こる。少しいつもより奏者達の間隔があったとは思うが、そんなに違和感はない感じ。弦楽セクションもマスクなどはしていなかった。

そしてロッシーニの歌劇「セビリアの理髪師」の序曲が始まると生音のアコースティックな響きが私を数ヶ月前にタイムスリップさせた。それはまるで冷え切った身体に温かい血が通ったようだった。そうだ、この感覚を長い間味わっていなかったのだなぁ、と思わず手を握りしめる。

icon-youtube-play ロッシーニ:「セビリアの理髪師」序曲

続いて有名なドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」。正直この日の演奏は東京フィルハーモニー交響楽団の真の実力を発揮していたとは到底思えない。前代未聞の感染症流行といった状況下でオケも指揮者も、そして客席も普段とは違う心理状態、手探りの試みを行っている真っ最中であり、弾き慣れている曲とはいえ、アンサンブルの練習も十分ではなかったのかもしれないし、我々の集中力も完全ではなかっただろう。

icon-youtube-play ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」

しかし演奏が終わった後の充実感は会場にいた普段の5分の1程度の客席からとはとても思えないほど、大きな拍手に全て表れていたと思う。こうしてコンサート会場で生の音を聴くことができる幸せを、改めて会場全体が噛み締めた。最後の奏者が退場するまでその拍手は続いたのである。

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