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Dilemma

Column Feature Tweet Yoko Shimizu

三浦文彰@紀尾井ホール

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。クラシック音楽ソフトのバイヤー時代にラジオにも出演。その後に制作会社を経て、現在はフリーのラジオディレクターとして番組の企画制作に携わる。番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど幅広く活動中。

紀尾井ホールは私の好きなコンサートホールのひとつだ。室内オーケストラに最適な比較的小規模なサイズのホールで、上品な木目の内観に美しいシャンデリア。座席もゆったりと配置されていて座りやすいし、なんといっても音響が素晴らしい。これは世界的にも有名な永田音響設計が担当している。ホールの母体は新日本製鉄株式会社。新日鉄コンサートや音楽賞など音楽活動にも貢献している会社だけに納得のクォリティである。更に地理的にも私の職場である半蔵門から程近く、近隣には上智大学とホテルニューオータニの広い敷地があるので、都心にありながら喧騒とはかけ離れているのも魅力である。

コンサートは聴いている時間だけでなく、その前後の気分が大切なものだ。期待に胸を膨らませて会場に向かう時、そして素晴らしい演奏の余韻に浸る帰り道。時間に余裕があればカフェで食事やコーヒーを飲みながらプログラムを眺めるという楽しみもある。そう考えると位置的な環境も案外重要だったりする。そういう意味においても紀尾井ホールは目の前のホテルニューオータニでゆっくりすることもできるので、全てを兼ね備えた贅沢な音楽空間なのである。

icon-external-link-square 紀尾井ホール
icon-youtube-play 紀尾井ホール室内管弦楽団 第124回定期演奏会 ダイジェスト

先日出掛けたコンサートはその紀尾井ホールで行われた。日曜日の昼間だったが、相変わらず仕事がたまっていたのでスタジオのある半蔵門から永田町へ歩いて行くことにした。人気の少ない日曜日の麹町界隈オフィス街を抜け、紀尾井町にあるガーデンテラスの中を通り、弁慶橋の先にあるホテルニューオータニへ入る。そのままロビー階までエレベーターを上がり、ラウンジを通り抜けると紀尾井ホール側へと出ることができる。その日は2月とは思えないほどに暖かく、軽いトレンチコートを羽織っていただけでうっすら汗ばむほどだった。

若手ヴァイオリニスト、三浦文彰によるリサイタルはソナタと後半に小品を配したヴァラエティ豊かなプログラム。全国で行われている今回のツアーの中でもこのAプロが一番魅力的かもしれない。前日の土曜日は収録で一日塞がっていたので日曜日に聴くことができたのはラッキーだった。
三浦文彰についてここで改めて書くこともないだろう。2009年に世界最難関のハノーファー国際コンクールにおいて最年少16歳で優勝。以来国際的に活躍する人気ヴァイオリニストとなり、NHK大河ドラマ「真田丸」のテーマ演奏、TBS「情熱大陸」への出演なども広く彼の名を知らしめることになった。

icon-youtube-play 「真田丸」テーマ

10代から活躍しているステージ上の彼はすっかり青年になり、もちろんその演奏はデビュー当時から新人離れしていたが、豊富な演奏経験が更に一層の風格を湛えていた。私は三浦の生演奏をサントリーホールのARKクラシックスでも聴いたことがあったが、圧倒的なテクニックを持ちながらそれをごく自然に音楽に落とし込むので、どんな難曲も難しさを感じさせない。それはすなわち作品の持つ姿をそのまま映し出してくれる演奏ということだ。しかも若手らしからぬ堂々とした佇まいの演奏に驚かされた。

ドビュッシーから始まったこの日のプログラム。フランス風の、というと安易だが作曲家の人生最後の作品であるこのソナタを虚ろげな雰囲気たっぷりに弾く演奏家は多いが、彼の演奏はどこか強気な歌心に溢れていた。それでいて作品のディテールを崩すことなく圧倒的な説得力で聴かせてしまうのはすごい。

続いてはこの日の陽気を思わせるタイトルの「春」で有名なベートーヴェンのソナタ。ここでもしっかりとした骨太の演奏ながら輝くような美音で奏でられるそのフレーズがコシのある麗かさを醸し出す。
本来はモスクワ出身のピアニスト、ヴァルヴァラが共演予定だったがコロナ禍で来日が敵わず、この日は妹である三浦舞夏が兄と共演。可憐な容姿から連想するよりどちらかというと重心の低いピアノを弾くのが印象的だ。兄同様三浦家の音楽センスは上擦ったところがないのが身上なのかもしれない。

icon-youtube-play ベートーヴェン:クロイツェル・ソナタ

後半はチャイコフスキーが2曲。「ワルツ・スケルツォ」と「懐かしい土地の思い出」から「メロディ」。そして武満徹の「悲歌」。三浦のロシアものは定評のあるところで、リリースされているCDもプロコフィエフのソナタ、チャイコフスキーやショスタコーヴィチの協奏曲などは私も番組で使うことの多い名盤である。多彩なプログラムを難なく弾きこなす様子は、ともすれば余裕があり過ぎる感じもして、武満の「悲歌」では一種の危うさのようなものを感じられたらいいかもしれないとさえ思った。

icon-youtube-play ショスタコーヴィチ :ヴァイオリン協奏曲第1番

しかし圧巻は最後のラヴェルの「ツィガーヌ」。完璧なフィンガリングと力みのないボウイング、それでいて力強い濃厚な表情も時に顔を出す。ここまで完璧な演奏に出会ったのは最近でも滅多にない。もちろん紀尾井ホールの豊かな響きも見事によく鳴るヴァイオリンに一役買っていただろう。

ストラディヴァリウスを弾きこなす実力と才能、そして年齢に似合わぬ落ち着いた感性、この不安定な世の中で唯一盤石なものがあるとすれば、それは三浦文彰のヴァイオリンかもしれない。

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