洋楽情報・来日アーティスト・セレブファッション情報なら ナンバーシックスティーン

Dilemma

Column Feature Tweet Yoko Shimizu

Music Dialogue

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。クラシック音楽ソフトのバイヤー時代にラジオにも出演。その後に制作会社を経て、現在はフリーのラジオディレクターとして番組の企画制作に携わる。番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど幅広く活動中。

桜も咲き始めた今日この頃。今月は素晴らしい室内楽コンサートに出会う機会が多かった。少し前の話になるのだが、今後の活動も応援したいのでここに紹介することにしよう。

それは<Music DialogueディスカバリーシリーズVol.5>のコンサート。といっても私が聴いたのは中目黒駅からすぐのGTプラザホールでの公開リハーサル。これは室内楽を通じて様々な対話=Dialogueの形を体現しようというもので、主宰しているのは、かつて巨匠指揮者ジュリーニのもとでロサンジェルス・フィルハーモニー管弦楽団の首席ヴィオリストとして活躍し、現在では指揮者としても国内外のオケを振る他、室内楽奏者として後進の指導にもあたる大山平一郎さん。この団体の芸術監督兼理事長を務めている。

icon-youtube-play 9月のディスカバリーシリーズ本番より

リハーサルの曲はドヴォルザークの弦楽五重奏曲変ホ長調Op97。私がこのコンサートに興味を持ったのは、ドヴォルザークの弦楽五重奏曲を生で聴く機会というのはありそうでないな、と思ったからである。とかく敷居が高いと思われがちなクラシック音楽だが、名曲プログラムでお茶を濁すのではなく、ちょっと突っ込んだプログラムを組み、解説付き公開リハーサルを設ける、なんてなかなか心憎いではないか。本番は3日後の加賀町ホールだったのだが、実はその日は前回のコラムで書いた王子ホールでの「究極の室内楽」の予定が入っていて聴けなかったので、私は自宅にも程近いこの中目黒GTプラザホールへリハーサルを聴きに行くことにした。

解説は若手音楽ライターとして引っ張りだこの小室敬幸さんと、欧米の芸術文化に長けた翻訳家でもある白沢達生さん。彼らがリハーサルの内容を実況中継して音楽学的に解説し、またオーディエンスもリアルタイムで質問投稿アプリを使ってオンライン上に質問を書き込み、それが会場のスクリーンに映し出される。最後にはそれをもとにQ&Aもあったりして、新しい手法で奏者と聴き手がコミュニケーションをとれる場になっているのである。まるでニコニコ動画を三次元でやるような感じ、といえばわかりやすいだろうか。いかにもこれが現代における「対話」の一環。旧態依然としたクラシック音楽界もデジタル世代が中心になりつつあることにいささか隔世の感もありつつ、頼もしさも感じる昭和な世代の私であった。

奏者はヴァイオリンが城戸かれんさん、谷本華子さん。そしてヴィオラが中恵菜さん、大山平一郎さん。チェロは柴田花音さんという5人。芸術監督の大山さん以外はいずれも若手ながら一流の実力を兼ね備えた優秀な演奏家たちだ。しかしそんな彼らとて、リハーサルの全くの初合わせではどこかゴツゴツしたぎこちないアンサンブルになる。それをベテランの大山さんが軸となって、曲の音楽的背景を説明しながら、時に歌いながらアドヴァイスをすることで、見る間に洗練されたアンサンブルとなっていく。その様子は、まるで彫刻が出来上がっていく過程のような、石の塊がだんだんと形を現して立体化していくような感覚で面白い。少しでも楽器のレッスンを体験したことのある人ならその面白さに引き込まれて時間を忘れてしまうに違いない。この時も第1楽章だけでリハーサル時間が瞬く間になくなりそうになっていた。

この曲の特徴はやはりヴィオラが2本ということだろう。もともとドヴォルザーク自身が優れたヴィオラ奏者だったこともある。また内声が厚くなることでより仄暗い響きとなり、それは一層ボヘミア的な趣を増す。ドヴォルザークがアメリカ時代に書いた室内楽の傑作としては「アメリカ」と題された弦楽四重奏曲が有名だが、この弦楽五重奏曲もほぼ同時期に作曲されている。ドヴォルザークがアメリカで黒人音楽などの影響を受けつつ、自らのルーツを再認識するかのように彼特有のノスタルジー溢れる作品を残したことは、19世紀後半から20世紀にかけての時代背景の解説が入ることでより深く理解できる。またこうして聴くと弦楽五重奏の編成やその成り立ちにも興味が湧いてくる。

icon-youtube-play カルテット・アマービレ演奏会「対話(ダイアローグ)」

……と、こんな感じで頭と耳の両方で音楽を楽しむことができるMusic Dialogueディスカバリー・シリーズは今後も定期的に開催される予定だ。本番は加賀町ホールや目黒パーシモン小ホールなどだが、字幕実況解説付きリハーサルは今回と同じ中目黒GTプラザホール。9月にはヴォーン・ウィリアムズの幻想五重奏曲なんかもプログラムされていて、これはちょっと聴き逃せない。私はこれが初めてだったのだが、Music Dialogueはこれまでにも数々のコンサート活動を実施していて、そのどれもが魅力的なラインナップである。コロナ禍で一部延期になったりもしているようだが、美術館での室内楽コンサートや、企業での音楽イベント企画などもあり、また出演するアーティストたちは若手を中心に国内外で活躍する実力派揃い。客席で大人しく聴くだけのコンサートにとどまらず、現代社会においてクラシック音楽の存在意義をもっと多様な形で発信していく活動は、今後ますます注目されて欲しいものである。

icon-external-link-square Music Dialogue今後の予定

尚、第22回ホテルオークラ音楽賞にMusic Dialogueアーティストでもあるカルテット・アマービレが受賞したニュースが舞い込んできたのも頼もしい限りだ。(※2021/3/25追記)

icon-external-link-square ホテルオークラ音楽賞

清水葉子の最近のコラム
RADIO DIRECTOR 清水葉子コラム

ラトルの『夜の歌』〜バイエルン放送交響楽団来日公演

ラジオ番組の制作の仕事を始めてから早25年。制作会社員時代、フリーランス時代を経て、3年前からはまがりなりにも法人として仕事を続けている。その会社名に拝借したのがイギリス人指揮者のサイモン・ラトル。「Rattle」とはお…

RADIO DIRECTOR 清水葉子コラム

SETAGAYAハート・ステーション

私は現在、エフエム世田谷で障害を持つ方にフィーチャーした番組「SETAGAYAハート・ステーション」を担当している。 30年前の阪神淡路大震災をきっかけに注目を集め、以降、日本各地でたくさんのコミュニティFM局が誕生して…

RADIO DIRECTOR 清水葉子コラム

アントネッロの『ミサ曲ロ短調』

バッハの声楽曲でマタイ、ヨハネという二つの受難曲に匹敵する宗教的作品といえばミサ曲ロ短調である。 これまでの番組制作の中でも数々の名盤を紹介してきたが、私のお気に入りはニコラウス・アーノンクールの1986年の演奏。いわゆ…

RADIO DIRECTOR 清水葉子コラム

目黒爆怨夜怪とノヴェンバー・ステップス

先日、友人Cちゃんの誘いで薩摩琵琶を伴う怪談のライブに行った。人気怪談師の城谷歩さんと薩摩琵琶奏者の丸山恭司さんによる「目黒爆怨夜怪」と題されたイベントは、文字通り老舗ライブハウス「目黒ライブステーション」で行われた。折…

RADIO DIRECTOR 清水葉子コラム

西洋音楽が見た日本

ぐっと肌寒くなってきた。仕事が少し落ち着いているこの時期、私もコンサートや観劇に行く機会が多くなっている。ただ日々続々とコンサート情報が出てくるので、気が付くとチケットが完売だったり、慌てて残り少ない席を押さえたりするこ…

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です