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Dilemma

Column Feature Tweet Yoko Shimizu

春の庭とうぐいす

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。クラシック音楽ソフトのバイヤー時代にラジオにも出演。その後に制作会社を経て、現在はフリーのラジオディレクターとして番組の企画制作に携わる。番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど幅広く活動中。

今年の桜は比較的早く終わってしまったが、もう少し春の話題にしよう。

私は子供の頃、埼玉県郊外の住宅地に住んでいた。雑木林を開拓して作った新興住宅地だったので、まだその頃は近所にその名残が残っていた。花や草を摘んだり、昆虫を探したり、時々木に登ったりと、今思えばかなり自然児だったな、と思う。そんな環境なので自宅の庭も結構広くて、造園が趣味でもあった両親がたくさんの植物を育てていたのだが、その庭の隅に少し盛り上がった植え込みがあり、そこには一本の梅の木があった。薄い紅色の梅の花が咲く頃にはどこからか鶯が飛んできて、あの独特の鳴き声を聴かせてくれた。私の記憶の中の春はいつもその庭と鶯なのだった。

icon-youtube-play うぐいす

さて、そんな春の代名詞ウグイスをモチーフにしたオペラがある。ストラヴィンスキーの「夜鳴きうぐいす」である。いわゆるアンデルセンの童話「ナイチンゲール」が原作となっているこの作品。厳密には日本の鶯とは違うようだ。美しい鳴き声を持つうぐいすが宮廷の招きで皇帝の前でそれを披露する。皇帝はその声にいたく感動するが、日本から機械仕掛けのうぐいすが献上されるとそれを気に入り、役目を失ったうぐいすはやがて飛んで行ってしまう。しかし皇帝は次第に病気が重くなり、死神が枕元に現れるようになる。そこへうぐいすが帰ってきて歌い、その歌声に心を動かされた死神は去っていき、感謝する皇帝にうぐいすは毎晩歌いにくることを約束し、平和が訪れる。

この春、この「夜鳴きうぐいす」が新国立劇場の新制作オペラとして上演される。全3幕だが上演時間1時間弱と短めで、今回はチャイコフスキーの1幕もののオペラ「イオランタ」と小品2作のダブルビル公演となっている。私はこの公演のゲネプロの案内を頂戴し、昔の「庭」と「鶯」のイメージを懐かしく思い出した。

ちょうどその頃、ミュージックバードでは音楽評論家の金子建志さんが解説する新番組でストラヴィンスキーの特集を組んでおり、たまたまこのオペラの音楽を再構成した交響詩「ナイチンゲールの歌」を取り上げていた。それを聴いていたこともあり、一気のこのオペラへの興味が沸き立った。実際に舞台になると、冒頭の東洋的な和声からストラヴィンスキーの色彩的な音楽がより一層鮮やかに響く。バレエ音楽も数多く書いているストラヴィンスキーだが、彼の描写するオーケストレーションはすごい。「春の祭典」など純粋に音楽だけを聴く機会が断然多いのだが、ストーリー性のある劇音楽は舞台と音楽が一体となって更に魅力を増す。もっとストラヴィンスキーの舞台作品を生で観たいものである。

icon-youtube-play 交響詩「うぐいすの歌」

icon-youtube-play バレエ「春の祭典」

交響詩ではフルートが生きたうぐいすの歌声を奏でるが、オペラではリリックソプラノの三宅理恵さんが歌う。春を告げる鳥のように暗い世界を照らすが如く、澄んだ美しい歌声を聴かせてくれた。また幻想的な舞台も強い印象を残した。特に死神が巨大なモニュメントのように空を覆う様子は皇帝も一人の人間として小さな存在であること、疫病の前になす術もないのは現実の世界ともオーバーラップする。演出は世界的に活躍する巨匠、ヤニス・コッコス。ゲネプロ当日もリモートで舞台上のモニターから挨拶を行なっていた。キャストは入国制限などの問題もあって変更されていたが、指揮の高関健をはじめ、実力派の説得力のある演奏だった。

そしてもう一つはチャイコフスキーの最後のオペラ「イオランタ」。舞台は15世紀の南フランス。プロヴァンスのルネ王の娘、盲目のイオランタはそれを知らずに生きている。彼女が暮らす庭園にヴォデモン伯爵が現れ恋に落ちるのだが、彼は彼女が盲目であることに気付き、光のある世界の素晴らしさを伝える。自らが光を望み、治療することで見える可能性があるとする医者の言葉を受けて、王はヴォデモンに惹かれる娘の気持ちを察して、その治療に専念するように仕向ける。やがてヴォデモンとイオランタの結婚を快諾するというストーリー。

オペラとしては上演される機会も少ないが、音楽とドラマの盛り上がりを熟知した晩年のチャイコフスキーの力作である。人間関係やキャラクター設定がはっきりしているこちらの方がよりオペラ的な作品かもしれない。やはり日本人キャストの出演だが、ベテランの妻屋秀和の堂々としたルネ王をはじめ、ソーシャルディスタンスの制限がある中、定期的なウィルス検査など精一杯の努力の上に、長年培ってきた経験と実力が生かされての演技と歌唱だった。。

icon-youtube-play 新国立劇場オペラ「夜鳴きうぐいす/イオランタ」

2つの作品とも童話的でファンタジックな舞台となっていて、特に「夜鳴きうぐいす」はやはり子供の頃、アンデルセンの絵本でストーリーを見聞きしていただけに夢の世界を旅するような愉しさがあった。そして奇しくも私の中では「春の庭」というイメージが重なった今回のダブルビルでもあった。

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