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Dilemma

Column Feature Tweet Yoko Shimizu

バースデーコンサート@東京文化会館

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。クラシック音楽ソフトのバイヤー時代にラジオにも出演。その後に制作会社を経て、現在はフリーのラジオディレクターとして番組の企画制作に携わる。番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど幅広く活動中。

東京の上野というとどんなイメージをお持ちだろうか? 御徒町から続くアメ横、桜と不忍池で知られる上野公園、パンダで有名な上野動物園、そして東京国立博物館、国立西洋美術館、東京都美術館などの日本有数の文化施設が並び、芸術系大学としてトップに位置する東京芸術大学の存在など、繁華街でありながらも文化・芸術を象徴するような土地であることは言うまでもない。

上野公園の入口にある歴史あるホールが東京文化会館である。1961年4月に東京開都500年事業として、オペラやバレエもできる本格的な音楽ホールを、という目的で建設された。大掛かりな舞台やオーケストラ公演も可能な2303席の大ホールと、室内楽やリサイタルなどを行うための649席の小ホール、リハーサル室や音楽資料室なども備えた建物は、日本のモダニズム建築の旗手、故前川國雄氏が設計したことで知られる。大ホールは両壁にブナ材でできた木の流線型の模様が印象的だが、これは彫刻家向井良吉の作。青や緑、黄色のシートはお花畑をイメージしていて空席が目立たない効果もあるそうだ。1999年の改装工事を経て、現在でも国内外の一流のオーケストラやオペラ、バレエの公演が行われている。コロナ禍で海外の演奏団体は来日が途絶えたままだが、私もしばしば訪れてここで多くのコンサートを聴いてきた。

icon-youtube-play 東京文化会館

先日、この東京文化会館で60年のバースデーコンサートが開催された。このホールを本拠地とする東京都交響楽団を佐渡裕が指揮。両者の組み合わせは意外な気もしたが、佐渡氏はこの東京文化会館と同じく1961年生まれ。オープン当時、バーンスタインやカラヤンといった海外の一流指揮者がタクトを振った舞台を、彼自身も憧れを持って眺めていたという。その佐渡氏がまさに60年後にその場所に立っているというのは、歴史を知る私たちにも感慨深いものがある。

icon-youtube-play 佐渡裕

冒頭のワーグナーの「マイスタージンガー」前奏曲は重厚感たっぷりの音楽を鳴らすのが得意な佐渡裕と実力者揃いの都響の隙のない音色とは相性も良好。華やかな金管が活躍するこの曲は両者の持ち味が存分に発揮されておめでたいセレモニーを飾るのにふさわしいオープニングとなった。

その次にヨーロッパの歌劇場でも活躍するメゾ・ソプラノ、藤村美穂子が歌う同じワーグナーのヴェーゼンドンク歌曲集。この日のコンサートで音楽的に一番聴き応えがあったのは実はこの曲だったかもしれない。密度の高い響きを持つ都響のサウンドをバックに、引けをとらない声量と存在感。甘美な夢を誘うような艶やかでしなやかな歌声が、男性的でマッチョな「マイスタージンガー」前奏曲の後に一瞬にして空気を彩り、官能の香りを振りかける。

icon-youtube-play 藤村美穂子

後半はお馴染みのドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」。この曲は私がかつてFM放送でクラシック音楽番組を担当していた時にも1番リクエストの多かった人気曲で、ことあるごとにプログラムにラインナップされるせいか、我々のような業界関係者の人間は悪い意味で少々食傷気味なところもあるのだが、それでも人生の一番初めに聴いたクラシック音楽がこの曲だ、と言う人は数多い。かくいう私も小学校の音楽の時間に聴いたこの曲の忘れ難いフレーズが尾を引いて、中学生の時に地元の公民館にNHK交響楽団が来たときに初めて自分でチケットを買ってクラシックのコンサートを聴きに行った思い出がある。そんな思い出を持ちながらこの曲に耳を傾けていた人も多かったのではないだろうか。東京文化会館はそんな歴史とともに日本の音楽の歩みを見つめてきたホールなのである。

icon-youtube-play ドヴォルザーク:新世界より

「新世界より」が終わった後、アンコールに入る前に佐渡氏が挨拶。かつての師でもあったバーンスタインをはじめ、小澤征爾や名だたる先輩指揮者たちが音楽を奏でた舞台に立っている感動を言葉にした。東京文化会館と同年の彼が語ったその言葉にはその時間と同等に説得力があり、コンサート途中のトークは、余程喋り慣れている演奏家でも、どこか白々しく聞こえてしまうことが多いのだがこの時ばかりは別格だった。

アンコールはその師であるバーンスタインのディヴェルティメントからのワルツ。そしてラストにストラヴィンスキーのグリーティング・プレリュード。ちょっと意外な選曲だったが、粋な余韻を残した。

最後に全くの余談だが、私の上野の思い出と言えば子供の頃、パンダを見に両親に連れて行ってもらった動物園。それから高校の入学祝いに、一緒に受験した門下生とともに担当のピアノの先生に伊豆榮の鰻をご馳走になったこと。ひょっとしたら不忍池辺りはデートでも何度か訪れたかもしれないが、それはあまり記憶に残っていない。色気より食い気な性分のせいか、今でも鰻は大好物である。その「伊豆榮」は今でも顕在でコンサートのパンフレットには上野中央通り商店街の中にその名前がちゃんと残っているのが嬉しい。

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