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Dilemma

Column Feature Tweet Yoko Shimizu

若き演奏家の魅力

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。クラシック音楽ソフトのバイヤー時代にラジオにも出演。その後に制作会社を経て、現在はフリーのラジオディレクターとして番組の企画制作に携わる。番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど幅広く活動中。

早いもので2021年ももう終わりに近づいている。ここでも何度かぼやいているが、年末のラジオディレクターはいわゆる年末進行というのがあって、年末年始の休みを考慮して通常より番組の納品が早まるので、気力体力の勝負時である。今も隙間時間にカフェでこの原稿を書いているのだが、職場に程近いここは某有名コーヒーチェーン店だが、駅から直結しているわりに静かで、しかも店内BGMにクラシックのピアノ曲がかかっていたりして落ち着くので、最近よく利用している。ちなみに今はベートーヴェンの「悲愴ソナタ」の第2楽章が流れている。

icon-youtube-play ベートーヴェン:「悲愴ソナタ」第2楽章

さて、先日ミュージックバード、クラシックチャンネルの年末特別番組の収録を行なった。音楽評論家の片山杜秀さんと山崎浩太郎さんのお二人が時事ネタと音楽を絡ませてお送りする4時間。私がディレクターを担当するのは実は今回初めてなのだが、かれこれもう20年近くお送りしている長寿番組でもある。

icon-youtube-play MUSIC BIRD「ポスト・パンデミック時代のクラシック」予告編

昨年から話題の中心は新型コロナを抜きにしては語れない。まだウィルスの実態がはっきりしなかった初期は、コンサートの開催自体が危ぶまれ、経営が成り立たなくなってしまった演奏団体も幾つかあった。入国制限などで招聘していた海外アーティストやオーケストラが来日できなくなったことで、プログラムの変更や中止も相次いだ。番組の中でお二人も触れていたが、日本のクラシック音楽業界は海外アーティストありき、で成り立っているという事実に改めて気付かされる。

今年は秋にショパンコンクールが大フィーバーしたが、反田恭平、小林愛実などのピアニストが大活躍したものの、日本人演奏家だけで成り立つコンサートは興行的にも難しい。西欧諸国の作曲家の作品を演奏する以上、極東アジアの日本人が演奏するのは説得力に欠ける、というような印象がどうしても拭えないのは、戦後の日本の音楽教育が私達の意識に植え込んだ罪でもある。そこへいくと中国や韓国などは自国に対する強烈なアイデンティティで、敢えて欧米に留学しないでも成功するアーティストが存在する。件のショパンコンクールも優勝者を出していないのはこの3カ国の中では日本だけである。そうした自信は演奏家としての自己表現という部分にも通じるところがあるのだろうか。

icon-youtube-play ブルース・リウ

しかしもちろん日本人にも優れた演奏家は多数存在している。コロナ禍でそうした国内の演奏家に少なからず光が当たったのはやはり特筆すべきことだろう。特に若手演奏家の活躍には私自身もその演奏に直に触れて目を見張るものがあった。

印象深いのは12月に聴いた藤田真央を中心としたトッパンホールでの室内楽コンサートである。本来は藤田の師でもあるキリル・ゲルシュタインとのピアノデュオの予定だったが来日が叶わず、急遽若手実力派のヴァイオリニスト辻彩菜と、同じくチェリスト佐藤晴真とのトリオに変更となった。この3人であればむしろ聴きに行きたいという気持ちが高まるというもの。実際キャンセルも殆どなかったようである。

プログラムはチャイコフスキーの「偉大な芸術家の思い出」が最後に控えていて、これが圧倒的な熱演だった。ラヴェルでは少し大人しい印象だった藤田真央も、ここでは彼の中の音楽する悦びが放出したという感じで、それに呼応するように弦の二人も迸る情熱を隠さなかった。冒頭から「このテンポでいくのか!」と、驚くような速さ。もちろん彼らのような超一流のテクニックを持ち合わせていなければ途中崩壊してしまうだろう。既に気持ちの昂りを抑えられなくなっていた彼らの若さが、その輝かしい煌めきの勢いそのままに最後まで駆け抜け、今年一番の熱い演奏だった。

icon-youtube-play 藤田真央

その少し前にもう一つトッパンホールで聴いたアレクサンドル・カントロフのピアノも強烈な印象を残した。彼は藤田真央と2019年のチャイコフスキーコンクールで優勝を争ったピアニスト。その名前からもわかるように、父親は日本の音楽ファンにも馴染み深いフランスのヴァイオリニスト、ジャン=ジャック・カントロフである。結果的にアレクサンドルが優勝したのだが、コンクールでは濁りのないタッチと選曲の妙でも注目された。

icon-youtube-play カントロフ親子

プログラムはブラームスが中心。冒頭の4つのバラードOp10から、その演奏はまるでブラックホールに吸い込まれるように、強烈な磁場があった。続くリストの「ダンテを読んで」の驚異的なテクニックの爆発、後半のブラームスのソナタ第3番では、いささか病的なまでの没入感に作品を味わう、という領域を逸脱していた。アレクサンドルのピアノの純度の高い音色には強い魅力を感じていたのだが、今回ではそれも少し印象が変わっていた。演奏が終わるとまるで呪縛から解き放たれたような気がしたのは、彼の才能がまだまだ煮え滾った状態で、これから幾重にも形を変化させていく過程ということなのかもしれない。願わくばその才能を無駄に消費し過ぎないで開花させて欲しい。

icon-youtube-play アレクサンドル・カントロフ

いずれにしても今年は「若さ」をまざまざと感じさせられた。これは自分が少し失ってしまったものでもあり、混迷が続く時代に対する希望なのかもしれない。

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