

RADIO DIRECTOR 清水葉子
音大卒業後、大手楽器店に就職。その後制作会社を経て、フリーのラジオディレクターとして主にクラシック音楽系の番組企画制作に携わるほか、番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど多方面に活躍。2022年株式会社ラトル(ホームページ)を立ち上げ、様々なプロジェクトを始動中。
12月はコンサート三昧だった。…といっても、番組制作仕事の年末進行の合間を縫ってのこと。あちこちの会場をハシゴする人も多かったことだろう。それぞれに素晴らしく、感想もひとつひとつ書きたいところだが、年末も押し迫ってきたところで、ある程度まとめて感想を書いてみる。前半は実力派女性ヴァイオリニスト三人の揃い踏みである。
初めにトッパンホールで二夜に渡って行われたパトリツィア・コパチンスカヤとカメラータ・ベルンのコンサートから。モルドヴァ出身の鬼才ヴァイオリニスト、コパチンスカヤはもはやその存在自体が芸術である。演奏はもちろん、プログラムや共演者、ステージパフォーマンス、ステージファッション全てから目を離せない。
第一夜は少し短めのプログラム。シューベルトの「死と乙女」を軸にネルミガーの「死の舞踏」やジュズアルドのマドリガーレ「私は死ぬ、私の悲運ゆえに」などを楽章間に挿入するという、「死」をモチーフにしながらも、現代と過去を行き来するファンを唸らせる構成。コパチンスカヤは裸足で、カメラータ・ベルンは立奏で、頭を振り乱しながらの第4楽章のラストの鬼気迫るアッチェルランドには度肝を抜かれた。客席も完全に茫然自失状態からの拍手喝采。
第二夜では民俗色豊かなプログラムを展開。コダーイの「マロシュセーク舞曲やバルトークの「ルーマニア民俗舞曲」など、お馴染みの曲の合間にメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲?と思ったら、あの「メンコン」ではなく、こちらはニ短調。神童メンデルスゾーンがわずか13才で作曲したという協奏曲を選ぶところも只者ではない。カメラータ・ベルンとの息の合ったアンサンブルでヴァイオリンを高々と掲げて舞台から去る姿は素晴らしくカッコいいのであった。
トリツィア・コパチンスカヤ
続いてはパーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団の来日公演。こちらはあのヒラリー・ハーンがソリストを務めるということで、話題になっていたのだが、直前でハーンがまさかの体調不良によるキャンセル。代役はスペイン出身のヴァイオリニスト、マリア・ドゥエニャス。ハーンに比べると知名度は低いかもしれないが、最近メキメキと頭角を表している。私はストラディヴァリスの番組を長く担当していた時からこのドゥエニャスの名を知っていた。ストラディヴァリスを多数保有する日本音楽財団から最高峰の名器を貸与されているからには若手有望株であることは間違いなく、生の演奏を是非聴いてみたかった。それにパーヴォのオケも魅力だったので、予定通りオペラシティへ向かった。ハーンが降りたということで公演自体をキャンセルした人も多かったのか、オペラシティでのコンサートはやや空席が目立っていたものの、ドゥエニャスの演奏は素晴らしかった。プログラムがベートーヴェンだったので堂々たる風格というよりは、彼女の個性もあってどちらかというと優雅な趣に仕上がっていたが、これはこれで実に美しいエレガントな音楽を聴かせてくれた。この日はプログラムも少し変わっていて、モーツァルトの序曲で始まり、間にベートーヴェンとシューベルト「未完成」をはさみ、モーツァルトの「パリ交響曲」で終わるという構成だったが、終わってみるとなかなか面白かった。パーヴォのアイディアはいつも新鮮だが、ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団のラディカルな音の個性を充分に活かしていた。
マリア・ドゥエニャス
女性ヴァイオリニスト、最後はイザベル・ファウストである。こちらも会場はオペラシティ。モーツァルトのヴァイオリン協奏曲全曲演奏会ということで二夜に渡っての公演だったが、私は母と共に初日の公演を聴いた。珍しく母がクラシックのコンサートに行きたい、と言い出したのもあり、共演のイル・ジャルディーノ・アルモニコによる「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」が組まれた初日の方が初心者の母にも楽しめるだろうと思ったからである。父とヨーロッパを旅することも多かった母は、ドイツ人夫妻のペンフレンドもいるので、ドイツ出身の名手、ファウストがソリストということも親近感があったようである。
イザベル・ファウスト
本当は母の誕生日当日に山田和樹指揮NHK交響楽団のフランスプログラムを聴きに行く予定だったのだが、私が公演時間を勘違いして家を出る時には既にコンサートは間に合わない!ということがあった。このコンサートは私だけ猛ダッシュでNHKホールに向かい、なんとか後半だけは聴き届けたが、高齢の母を走らせるわけにも行かなかったので、泣く泣く母に諦めてもらったという失敗談があったのである。おかげですっかり慌て者のレッテルを貼られているが、父が長期に入院しているので心身共に休まる暇がなく、家と病院の往復だけだった母にも、ファウストの軽やかで美しいヴァイオリンとモーツァルトの音楽は心地よさを届けたようである。ホールを後にした母の顔には笑みが溢れていた。
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