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バロック・オペラの魅力〜『ジュリオ・チェーザレ』

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。クラシック音楽ソフトのバイヤー時代にラジオにも出演。その後に制作会社を経て、現在はフリーのラジオディレクターとして番組の企画制作に携わる。番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど幅広く活動中。

まだ夜風が冷たい3月の初め、古楽グループ、アントネッロが主催する公演へ出掛けた。演目はヘンデルのオペラ「ジュリオ・チェーザレ」。このタイトルはイタリア語読みなので、古代ローマ時代の英雄「ユリウス・カエサル」、英語風に言えば「ジュリアス・シーザー」。そう聞けばなんとなくイメージの浮かぶ人も多いのではないだろうか。

三通りの呼び名があるが同一人物である。実際に紀元前48年頃、ローマ内戦で政敵ポンペーオ(ポンペイウス)を破ったチェーザレが、エジプトで若き女王クレオパトラと出会った史実は、戯曲化され舞台となり、今回上演されるようなオペラにもなり、また20世紀には映像作品にもなるなど、様々なエンターテイメントとして形を変えてきた。英雄シーザーと絶世の美女クレオパトラとの恋。創作意欲を掻き立てられる題材はヴィヴィアン・リーやエリザベス・テーラーといった人気ハリウッド女優らがクレオパトラを演じる映画としても作品が存在する。

icon-youtube-play 映画「クレオパトラ」

さて2022年のここ日本で、バロック・オペラとして挑戦するのがお馴染みアントネッロの音楽監督、濱田芳通さんである。少し前からコミック仕立てにする(!)という予告があり、先の「オルフェオ物語」や「レオナルド・ダ・ヴィンチ」のオペラでも想像の翼を存分に羽ばたかせ、驚くような舞台を展開してくれるのが彼の真骨頂なので、私は今回も楽しみに川口のリリアホールへ向かったのである。

しかし直前にウクライナへのロシアの軍事侵攻という事件が起こり、これが思わぬ形でクラシック音楽界に影響していた。ロシア人指揮者ワレリー・ゲルギエフの更迭については前回も書いたが、彼の秘蔵っ子としてデビューしたメトロポリタン・オペラの花形スター、アンナ・ネトレプコも次回出演作を降ろされてしまった。他にもゲルギエフの後輩に当たる指揮者トゥガン・ソヒエフが立場を糾弾され、ロシアとフランスのオーケストラ両方のポストを辞任した。ヨーロッパではウクライナ難民を受け入れていることもあり、ロシア人アーティストへのバッシングも大きく、日本のスタンスもそれに従わざるを得ない部分がある。

icon-youtube-play ヴァルトビューネ2019(トゥガン・ソヒエフ指揮)

私の担当番組でも予定していたゲルギエフの特集を急遽差し替えるなどの対応があり、かなり慌ただしい状況になっていた。実は5日土曜日に伺う予定だった今回の「ジュリオ・チェーザレ」、録り直しという事態で直前に3日木曜日に変更してもらった。

その川口リリアホールの舞台は比較的コンパクトだ。ピットがないのでアントネッロと指揮者の濱田さんも舞台上にいる。当然大掛かりな舞台セットがあるわけでもない。それを逆手にとって舞台正面にあるパイプオルガンに映し出される映像が場面転換を担い、演奏者と歌い手が時に演出的に絡んだりすることで、よりコミカルな「ジュリオ・チェーザレ」の世界へ惹き込まれていく。そこにはヘンデルの他の作品から拝借したお馴染みのフレーズが顔を出したり、ちょっぴり悪戯心のあるデフォルメが、世界を取り巻く不穏な空気から重苦しい心を救い出してくれる。

チェーザレは端正なルックスで二枚目役がすっかり板についている坂下忠弘さん、そしてコケティッシュな魅力たっぷりのクレオパトラに中山美紀さんが今回も光っていた。他には強烈で個性的なエジプト王トロメーオに中嶋俊晴さん、大人の女性の高潔さを漂わせるコルネーリア役の田中展子さん、彼女を想うトロメーオの従者アキッラに黒田祐貴さんなど、才能溢れる人達が続々と登場する。そしてクレオパトラの従者であるニレーノ役にベテランの弥勒忠史さんが扮していたが、彼が狂言回しのような役割も兼ね、物語を導いていく。歌も見事だが巧いのはそれだけではない。喜劇俳優のように場の空気を掴んでいる。毎回圧倒的な存在感だが、コミカルな才能にも脱帽である。またバロック・オペラと結び付きの強い舞踊。ヘンデルの分身として登場した聖和笙さんの優雅なダンスの佇まいにも魅了された。

そしてラストの大団円では「メサイア」などでも味わえるヘンデル特有の華やかな高揚感。まさしく今求められている世界の調和がそこにあり、生き生きとした音楽を縁取りにした幕引きに思わず涙が溢れそうになった。音楽が真に必要なのはきっといつもこんな不安な時代なのだろう。

そして「ジュリオ・チェーザレ」という作品そのものにも改めて興味を持った。新国立劇場でも新型コロナの影響で延期になっていたこの作品が秋に上演されるという。こちらは指揮がバロック音楽の才人、リナルド・アレッサンドリーニというのも注目だ。

icon-youtube-play 新国立劇場「ジュリオ・チェーザレ」舞台稽古

余談だが、川口に赴いた時には必ず寄って帰る私のお気に入りのパティスリー「シャンドワゾー」。今回は急遽公演日を変更していただいたので、時間がなく訪問を諦めていたら、休憩時に私の座席にそっとお店のチョコレートが置かれていた。前回そのことを話したり書いたりした時に、主催者のKさんが覚えていて下さったのだ。温かい音楽と心遣いにとても幸せな気持ちになった。

※写真:アントネッロ(当日の公演より)

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