RADIO DIRECTOR 清水葉子
音大卒業後、大手楽器店に就職。クラシック音楽ソフトのバイヤー時代にラジオにも出演。その後に制作会社を経て、現在はフリーのラジオディレクターとして番組の企画制作に携わる。番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど幅広く活動中。
オペラの話題が続く。
ご紹介するのは英国ロイヤル・オペラハウス・シネマシーズン。ロイヤルオペラの上演が日本で映画公開されるようになって何年か経つが、やはり新型コロナの影響でしばらく中止となっていた。特にイギリスは一時期、世界でも最も感染拡大してしまった国であり、ロックダウンの厳しい措置を強い口調で宣言していたジョンソン首相自身が感染していたニュースも流れたのは記憶に新しい。
ようやく再開されたその「ロイヤル・オペラハウス・シネマシーズン2021/2022」、バレエ3本、オペラ3本の計6本がラインナップされている。世界トップクラスの実力を誇るロイヤル・バレエのプログラムが含まれているのは大変魅力的だ。
2月のオープニングに「くるみ割り人形」、4月に「ロミオとジュリエット」が公開され、7月には「白鳥の湖」が予定されているのも楽しみだ。
さて、オペラの方はというと3月に「トスカ」、5月に「リゴレット」、6月は「椿姫」と王道のプログラムが続々と登場してくる。私は今回公開に先駆けて「リゴレット」をオンライン試写で鑑賞させてもらった。ヴェルディの中期の傑作といわれるこの「リゴレット」。原作はヴィクトル・ユーゴーの「王は愉しむ」という戯曲による。この作品は印象的なアリアのオンパレード。その旋律は他の作曲家によっても引用され、様々に編曲されてもいる。特にリストの「リゴレット・パラフレーズ」はピアノ曲のレパートリーとしてもよく知られている。
リスト:リゴレット・パラフレーズ
さて、物語全体のあらすじを追っておこう。
舞台は16世紀のイタリア、マントヴァ。そのマントヴァ公爵に仕えるリゴレットが主人公の道化師である。主人であるマントヴァ公爵はどうしようもない無類の女好きで、廷臣たちの娘にも片っ端から手をつけている。彼らを公爵と一緒になって嘲笑うリゴレットだが、美しい一人娘のジルダだけは大切に育てている。ジルダは教会以外には外出を許されず、リゴレットの言いつけを守る世間知らずの娘だったが、ある時、学生と名乗る若者と教会で出会い、恋に落ちてしまう。実はそれは身分を隠したマントヴァ公爵だった。リゴレットを恨む公爵の廷臣たちはジルダをリゴレットの情婦と勘違いして誘拐してくるが、公爵は狙った娘だと大喜び。しかし娘を奪われたリゴレットは怒りに燃え、伯爵への復讐を決意。殺し屋のスパラフチーレに殺害を依頼する。ところが公爵はそのスパラフチーレの妹マッダレーナも手籠にしていた。公爵の命乞いをするマッダレーナ。スパラフチーレは代わりの死体を用意するため、真夜中にやって来た客を殺して袋に入れ、リゴレットに渡す。しかし袋を開けたリゴレットはそれが娘のジルダだと知る。ジルダは愛する公爵を救うために自らを犠牲にして殺し屋の手に落ちたのである。かつての廷臣モンテローネ伯爵の呪いの言葉に慄くリゴレット。ラストは遠くからマントヴァ公爵の歌う「女心の歌」が聴こえてくる。
このアリアは公爵のテーマでもあり、歴代の名テノールが名唱を聴かせてきた。単独でアリアだけを聴いているとこんな酷い男の歌だとは思えないくらい、明るく、輝かしい響きに満ちている。しかしそれが「リゴレット」のストーリーの中に収められるとその悲劇性が一層強調されるのである。ちなみにここにある動画はやはりロイヤル・オペラでの別のプロダクションだが、ヴィットリオ・グリゴーロは公爵の性格を盛り込んでいて、かなり嫌らしいというか、ねっとりした歌い方になっているのが面白い。
「女心の歌」byヴィットリオ・グリゴーロ(T)
今回のプロダクションではオペラ芸術監督のオリバー・ミアーズが初演出。娘の純潔を奪われた場面ではグロテスクな人形で象徴的に表現されていた。センセーショナルな場面作りは演劇の国イギリスならでは。よりリアルな舞台空間となっていた。
またリゴレット役のカルロス・アルバレスは第2幕で娘を奪われ、復讐を誓うアリアの迫真の演技と歌が素晴らしかった。ジルダ役のリセット・オロペサも可憐な娘の一途な愛情を見事なテクニックで聴かせる。またマントヴァ公爵役のテノール、リパリット・アヴェティシャンもどこか天真爛漫な風情で、酷い男でありながら憎めない公爵にぴったりだったが、なんと言ってもアントニオ・パッパーノの指揮がこのヴェルディの音楽を深く理解し、力強くドラマを支えている、という印象だ。意外にもロイヤルオペラでの「リゴレット」の指揮は初めてということだが、この完成度に驚く。
英国ロイヤル・オペラハウス・シネマシーズン2021/2022予告編
そして改めてヴェルディの音楽の見事さに感嘆する。音楽でこれだけ物語を描ける作曲家はそうはいない。
しかしこうしてオペラの話題が増えるのも、新型コロナの状況が世界的に少し改善に向かっているということの証拠かもしれない。一方でロシアとウクライナの問題もまだ続いているが、多くの人が平和な世界で音楽を楽しめる環境が戻ってきてくれるのを祈るばかりである。
5月20日よりTOHOシネマズ日本橋ほか全国公開。
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