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Dilemma

Column Feature Tweet Yoko Shimizu

現代に蘇るハムレット

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。クラシック音楽ソフトのバイヤー時代にラジオにも出演。その後に制作会社を経て、現在はフリーのラジオディレクターとして番組の企画制作に携わる。番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど幅広く活動中。

もはや定番となっているMETライブビューイングの今季最後のプログラムは、シェイクスピアの4大悲劇としてあまりにも有名な、「ハムレット」である。

名作だけにオペラ化されることも多いシェイクスピア作品。「ロミオとジュリエット」「リア王」「オセロ」「真夏の夜の夢」など、様々な作曲家が同名作品を書いていることも珍しくない。オペラで最も有名なのはヴェルディが作曲した「マクベス」あたりだろうか。「ハムレット」もいくつかオペラ化された作品があり、フランスの作曲家アンブロワーズ・トマのものが知られているが、上演されることは稀である。新たにオペラ化に挑んだのはオーストラリアの現代作曲家、ブレット・ディーン。グラインドボーン音楽祭の委嘱作品として作曲された。METでの上演は初、ということである。

icon-picture-o ミレー画「オフィーリア」


※ウィキペディア「オフィーリア (絵画)」より引用

「ハムレット」といえばいくつかの名台詞や、ミレーの絵画に於けるモティーフとしてのオフィーリアの存在などで話を断片的に知ってはいても、恥ずかしながら私は原作をまともに読んだことはなかった。当然演劇で鑑賞したこともなく、今回のライブビューイングで初めて全体像を知ったくらいである。しかしそんな私が観ても、この「ハムレット」は今季のライブビューイングのラインナップの中で最も面白かったと断言する。

icon-youtube-play トマ:オペラ「ハムレット」より

登場人物はデンマーク国王の息子であるハムレット。その父王が急死。王妃のガートルードが父王の弟、クローディアスと結婚し王座に就く。母と叔父の早過ぎる再婚、父の死に苦悩するハムレットだが、父王の忘霊が現れて弟のクローディアスに毒殺されたと告げられ、復讐を決意。狂気を装い、恋人であるオフィーリアにつらく当たり、傷ついた彼女は精神を病んでしまう。これが有名なオフィーリアの悲劇である。またオフィーリアの父である宰相のポローニアスを誤って殺してしまったハムレットを、息子のレアティーズは父と妹の仇をとして憎しみを深め、国王と結託して剣術試合で殺してしまおうとする。しかしその場で王妃がそれとは知らずに毒入りの酒を飲んで死亡、ハムレットとレアティーズ両者とも毒剣に倒れる。しかし最後にハムレットはレアティーズから真相を聞き、王を殺して復讐を果たし、自分も死にたえる。

特筆すべきはなんといってもシェイクスピア作品の言葉の見事さである。有名なハムレットの独白「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」は、アリア的に歌われるが、それ以外にも音楽と言葉が非常にうまくシンクロされて、重要な台詞はきちんと耳に聴こえるように配慮されているのがわかる。ブレット・ディーンの音楽は一聴すると難解だが、様々な音の仕掛けがされており、普段聴こえないような楽器の音色、声色は不思議な音響効果を醸し出す。またそれをピット以外の場所で演奏することで、バイノーラル効果が現れる。映画館のスピーカーで聴いていると非常に立体的に聴こえ、これが追い詰められたハムレットの心情とオーバーラップして音響的な面白さも抜群だ。これはまさしくライブビューイングならではの醍醐味といえるだろう。

icon-youtube-play B.ディーン:オペラ「ハムレット」リハーサル映像②より

さて、歌手陣だが、まずは主役のハムレットを演じたアラン・クレイトンに拍手を送りたい。全編出ずっぱりで、あの激しく、難解な歌唱を続けるのは見事という他ない。思索的な青年、という原作のハムレットよりはかなりエキセントリックではあるが、オペラでは別次元の人物像と考えれば、豊かな表情や途中のコミカルな演技力にも感心。さすがは演劇の国イギリスの歌手というところだろう。幕間のインタビューにも出演し、進行役のクリスティーン・ガーキーの質問にもきちんと答えていて、そのスタミナには驚くばかり。

オフィーリアはこのところめきめきと存在感を示すブレンダ・レイ。こちらも「狂乱の場」では迫真の演技と歌唱で圧倒した。前半のオフィーリアの衣装はエレガントな淡い色のフリルのドレスなのに対し、「狂乱の場」では汚れた下着姿に黒い燕尾服ジャケットという演出も、女性の狂気の凄まじさを感じさせる。

登場人物達は白塗りのメイクで現れるが、これは最後に死ぬ運命を持った人物?と思ったが、そういうわけでもないらしい。父王の亡霊役は代役のジョン・レリエ。なかなか華があって魅力的である。その登場シーンや、ハムレットの友人で情報提供者、傍観者でもある双子のような存在感のローゼンクランツとギルデンスターンが、ちょっとゲームキャラクターのようで、同時にどこかファッショナブルで、一昔前にカルト的な人気を博したデヴィッド・リンチ監督の「ツイン・ピークス」を思わせるところもある。

icon-youtube-play 「ツイン・ピークス」より

演出のN・アームフィールドと作曲家B・ディーンのタッグの相乗効果でこの作品の劇画的な魅力を盛り上げている。いわゆる古典の「ハムレット」を知らなくても、或いはオペラを初めて観る人も、全く新しい作品として受け入れられるのではないか。これぞ現代の名作オペラである。

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