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ストラディヴァリウス『ドルフィン』の音

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。クラシック音楽ソフトのバイヤー時代にラジオにも出演。その後に制作会社を経て、現在はフリーのラジオディレクターとして番組の企画制作に携わる。番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど幅広く活動中。

日本音楽財団とはストラディヴァリウスの番組を担当していたこともあり、担当者の方とも長いお付き合いとなっている。先日もサントリーホールブルーローズでのコンサートを聴きに行く機会をいただいた。

日本音楽財団は弦楽器の最高峰であるストラディヴァリウスをはじめ、グァルネリ・デル・ジェスなど名器を現在21挺保有している。世界で活躍する若手演奏家などにこれらを無償で貸与し、その保守・保全はもちろん、国内外でのコンサートも開催している。チャリティーコンサートを積極的に行っていることにも注目だ。それは超一流の楽器を才能あるアーティストたちが演奏するという素晴らしい機会が、教育や福祉のために役立てられるという理想的な場となっている。

日本音楽財団HP

さて今回のブルーローズでの公演はリサイタルという形式。台湾出身のヴァイオリニスト、レイ・チェンが1714年製ストラディヴァリウス「ドルフィン」を貸与されたということで、そのお披露目でもある。ピアノの共演は佐藤卓史である。

「ドルフィン」は非常に保存状態の良いストラディヴァリウスで、1715年製「アラード」、1716年製「メシア」などとともに三大名器として知られる至高のヴァイオリンである。裏板のニスの美しい光沢模様がイルカを思わせることからこの名で呼ばれているそうだ。

三大名器として知られる至高のヴァイオリン

そしてレイ・チェンといえば2009年のエリザベート王妃国際音楽コンクールで優勝、華々しくデビューした。このコンクールの覇者には日本音楽財団から1708年製ストラディヴァリウス「ハギンス」が貸与されるという副賞があるので、彼も「ハギンス」を演奏していた期間があり、私の番組制作の記憶の中でもかなり長い期間、財団からストラディヴァリウスを貸与されていたと思う。貴重な名器を長く貸与されるのにはやはり圧倒的な実力と人気を備えていなければならない。次々と新しい才能が生まれる中で、最近は貸与者も若手へと受け継がれる傾向があるが、レイ・チェンの存在感は今も抜群である。

彼の生演奏を聴くのは実は初めてだ。番組では何度も演奏を取り上げていたし、録音はほぼ聴いていたといってもいい。DECCAから発売されたアルバム「ザ・ゴールデン・エイジ」では現代的でエンターテイメントなスタイルの新たな境地を開いた感じがしていた。プロフィールによると世界中のミュージシャンや個人が集って作品や練習を共有できるアプリも共同開発しているとか。

icon-youtube-play サティ/コンツ:ア・ニュー・サティスファクション(「ザ・ゴールデン・エイジ」より)

またYouTubeでもこのクラスのアーティストとしてはかなり親しみやすい動画を発信していたり、自らヴァイオリンケースのデザインもするなど、グローバルな才能は既に音楽という枠を軽々と超えているようだ。もちろん伝統的なレパートリーをハイレベルで弾きこなす実力がなければこうした活動にも説得力はない。けれどこうしたボーダーレスな活動は一部に軽く見られてしまうことも少なくないので、今回のリサイタルはそれを確認する意味でもかなり興味を持っていた。

icon-youtube-play レイ・チェン公式YouTubeより

舞台に颯爽と登場し、満面の笑顔。「華」があるとはまさにこのことだと思わせる。そして手に持ったストラディヴァリウスを奏でた途端に、もはやレイ・チェンの音になっていたのには驚かされた。たっぷりとした歌い口、力強い低音から艶やかな高音まで聴き入ってしまう音色、惹き込まれるフレージング。そして圧倒的なテクニックで駆け抜けるアッチェルランド。ストラディヴァリウス「ドルフィン」は往年のヴィルトゥオーゾ、ハイフェッツが所有していたことでも知られ、諏訪内晶子が長年演奏していた経緯もある。ストラディヴァリウスほどの名器になればなるほど、過去の演奏者の影が残っていることも多いという。そういう意味でもレイ・チェンが彼の音を自然に鳴らしていたのには、楽器を自分の体の一部のように取り込んでしまっている証拠だろう。

ストラヴィンスキーの擬古典的な「イタリア組曲」ではコケティッシュな風情から始まり、バッハの無伴奏パルティータより「シャコンヌ」では完璧な重音で謹厳な顔を見せ、後半はダンスのリズムが愉悦を振りまいたブラームス作曲ヨアヒム編曲の「ハンガリー舞曲第7番」、そしてモンティの「チャールダッシュ」ではジプシー的なノリの良さ、と硬軟合わせのプログラムも絶妙で、特に後半の演奏はこれぞエンターテイメント! といった盛り上がり。ピアノの佐藤卓史も見事にそのスピードに乗っていった。会場からは拍手喝采。休憩なしのリサイタルはあっという間だった。

アンコールでは短い挨拶もあり、その明るいキャラクターも魅力だったレイ・チェン。かつて楽器の持ち主だったハイフェッツに敬意を表し、彼が編曲したポンセの「エストレリータ」を演奏。いやいや、軽く見られるなどと危惧したのは全く杞憂に終わり、エンターテイメント万歳! クラシック音楽万歳! 音楽が楽しくて何が悪い。「ドルフィン」の名にふさわしくレイ・チェンの飛び跳ねるような勢いのあるヴァイオリンがそれを物語っていた。

icon-youtube-play レイ・チェン公式YouTubeより

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