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Dilemma

Column Feature Tweet Yoko Shimizu

『のだめカンタービレ』クロニクル

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。その後制作会社を経て、フリーのラジオディレクターとして主にクラシック音楽系の番組企画制作に携わるほか、番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど多方面に活躍。2022年株式会社ラトル(ホームページ)を立ち上げ、様々なプロジェクトを始動中。

今やとかく敬遠されがちなクラシック音楽ではあるが、時にその垣根を一気に取り払ってくれるのが、それを題材にした漫画や小説、映画やテレビドラマである。しかしそれには時代背景が大きく影響していて、昔はドラマの主人公もクラシック音楽の演奏家なんて設定がわりと多かった気がする。

まだトレンディドラマ全盛の1990年代に、フジテレビで大ヒットした「101回目のプロポーズ」は当時の人気女優、浅野温子と武田鉄矢という異色の組み合わせの恋愛ドラマだったが、浅野温子がチェリストという設定だったのを覚えている人がいるだろうか?

icon-youtube-play SAY YES by CHAGE and ASKA

また1996年の木村拓哉と山口智子の共演で人気を呼んだ、やはりフジテレビの「ロングバケーション」も、キムタクがピアニスト役で、劇中で往年のピアニスト、グレン・グールドの話をするなんてシーンもあった。これらのドラマはどちらかというとクラシック音楽が持つ、「高級」なイメージを取り入れることで、憧れのライフスタイルを体現するドラマを格上げしようという思惑が感じられなくもない。

icon-youtube-play LA LA LA LOVE SONG by久保田利伸

2000年代になると、クラシック音楽は「高級」から少し「異質」なものへとイメージが変わっていく。「のだめカンタービレ」はこの時代に大きく社会現象を巻き起こした作品だ。二ノ宮知子の原作による漫画では、風変わりな音楽大学生たちの日常をコメディタッチで描き、やがて主人公の「のだめ」こと野田恵と千秋真一はともにピアニストと指揮者として世界を目指していく。その中で生まれる友情や恋愛も国境を超え、それぞれの文化や歴史も吸収しながら、彼らは一流の音楽家として成長するのである。インターネットが本格的に普及し始め、誰もが世界にアクセスできるような環境が整った時代に、主人公の「のだめ」が一人の日本の音大生から世界的なピアニストへ羽ばたいていくこの漫画のヒットは、絶妙なリアリティを持った作品としてのクオリティとともに、グローバル時代の影響もあったのではないだろうか。

「のだめ」の人気は絶大で、その後ドラマやアニメ、実写映画化され、更に劇中で演奏される曲を集めたCDも発売、それらを演奏するコンサートなども多く企画され、閉塞気味だった日本のクラシック音楽業界が珍しく活況を呈した。最近ではまたその人気が再燃し、ドラマでも主役を演じた上野樹里の主演でこの秋舞台化もされる。

icon-youtube-play 映画「のだめカンタービレ」最終楽章より

2007年には、さそうあきらの漫画「神童」も映画化された。こちらは演技派俳優、松山ケンイチが音大生ワオ、成海璃子が天才少女うたを演じ、話題となった。このキャスティングを見てもわかるように、この頃にはクラシック音楽家=エキセントリックな存在として認識されたような感がある。

icon-youtube-play 映画「神童」より

2009年に盲目のピアニスト、辻井伸行がヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝したことは大きく報道された。ここから一気に「コンクール」というものへの過剰な関心が世の中に広まった。演奏の良し悪しを推し量るのに、順位がつくコンクールは謂わばわかりやすい指標となるからであろう。

恩田陸の長編小説「蜜蜂と遠雷」はまさにそうした関心事にも応える形となった。4人のピアニストのコンクールをめぐる成長と葛藤を描いた青春群像劇は映画化するのにもうってつけの作品だったが、問題は小説の中に鳴っている音楽を実写化するにあたっていかに表現するか、という点である。私もこの映画を鑑賞したが、なかなか凝った演出で、一人一人の役どころに対してそれぞれピアニストが演奏を担当。ソリストとしても第一線で活躍する実力派ピアニスト、藤田真央、河村尚子、金子三勇士、福間洸太朗といった面々が弾いていたというのも驚きである。また、劇中で新曲の課題として登場する作品には日本を代表する作曲家、藤倉大が曲を書き下ろすなど、凝り方は相当なものだった。

icon-youtube-play 映画「蜜蜂と遠雷」より

しかし、このレベルになるとやはりにわかクラシック音楽ファンには伝わりにくい。これらの特異性を語っていたのは業界関係者が多かったのも事実だからである。そう考えると「のだめ」が起点となってクラシック音楽の裾野を広げた功績は大きい。現代はその「のだめ」を読んだり観たりして育った世代が既にプロとして活躍する時代である。

2022年のロン=ティボー国際音楽コンクールで第1位に輝いた2001年生まれのピアニスト、亀井聖矢は「のだめ」を子どもの頃に知っていたという。その彼が先日、配信ライブであの「ペトルーシュカからの3楽章」が「今日の料理」のテーマに変換してしまう迷シーンを演奏していたのだから。

2021年のショパン国際ピアノコンクールで見事第2位を獲得して話題となった反田恭平も、幼い頃「のだめ」を読んでいた。今では自らのオーケストラを率いて指揮者としても活動し、実業家としての顔も持つ活躍ぶりだ。

また東大卒という異色の経歴で「かてぃん」の愛称で知られる角野隼斗もユーチューバーピアニストとして活躍、人気を博している。

「高級」ブランドだったクラシック音楽は、時代を経て変わりつつある。

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