RADIO DIRECTOR 清水葉子
音大卒業後、大手楽器店に就職。その後制作会社を経て、フリーのラジオディレクターとして主にクラシック音楽系の番組企画制作に携わるほか、番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど多方面に活躍。2022年株式会社ラトル(ホームページ)を立ち上げ、様々なプロジェクトを始動中。
立春を過ぎてもまだまだ寒いと思っていたが、昼間は暖かい日差しが降り注ぐ。こうなるとロングブーツを脱いで久しぶりに軽やかにバレエシューズを履いて出掛けたくなる。そんな春めいた装いで東銀座に向かった。
METライブビューイングの2023-24シーズン3作目、「アマゾンのフロレンシア」の東劇での上映は既に2週目に入っていた。ここで何度も紹介しているが、今シーズンのMETのラインナップはかなり攻めのプログラムだ。オープニングが死刑制度を扱った「デッドマン・ウォーキング」、2作目が映画にもなった人種問題を描いた問題作「マルコムX」。どちらも大変見応えのある社会派作品に違いないのだが、テーマの重さ同様に気分がいささか重くなるのは否めなかった。
だが3作目の「アマゾンのフロレンシア」はメキシコの作曲家D・カターンの音楽が彩る極めて美しいオペラだ。こちらもMET初演だが、主役の歌姫フロレンシア・グリマルディをメキシコの血を引くスターソプラノ、アイリーン・ペレスが務めているということでも注目で、早春の季節の上映にはぴったりである。
案内役にはやはりメキシコ出身のテノール、ローランド・ビリャソン。彼のトークはまるでアリアを歌っているかのようにエモーショナルで、表情豊か。一時期はアンナ・ネトレプコとの黄金コンビでいくつもの舞台をこなしていた彼だが、まさしくラテンのノリの良さを感じる。このように舞台の裏側も紹介してくれるのがMETライブビューイングの醍醐味なのだが、案内役の人選も毎回唸らせる。しかも皆トークがうまい! アメリカという国のエンターテイメント性の高さにはいつも感心してしまう。
舞台が始まると、一面エメラルドグリーンの背景が熱帯雨林のアマゾンのジャングルへと誘う。物語はアマゾン川をさかのぼる客船「エルドラド号」の上だ。歌姫のフロレンシア・グリマルディは20年ぶりの故郷マナウスでの公演に向かう。しかし、旅の目的はジャングルに消えた「蝶ハンター」である恋人のクリストバルを探すことでもあった。そして同じ船には様々な人間関係を抱えた男女が乗っている。しかし途中大嵐に遭遇、なんとかマナウスに辿り着くが、コレラの流行のために下船が禁じられる。フロレンシアは蝶となって魂を恋人の元へ旅立たせる。
ノーベル文学賞作家のG・マルケスの小説にインスパイアされたオペラの脚本は全編スペイン語で書かれている。METではなんと100年ぶりのスペイン語上演だそう。前半は船上での群像劇、後半は現実と幻想の世界が融合した、南米文学の特徴でもあるマジックリアリズムの世界観を醸し出す。良い意味での曖昧さをメアリー・ジマーマンの演出が色彩豊かにまとめ上げる。音楽とも呼応してとても美しい。船上での場面は簡素な柵のみとシンプルにしたのも恋人たちの心理描写が際立つ。またダンサーの使い方も巧みだ。ジャングルに生息する動植物をカラフルな衣装を纏った彼らが踊ることで舞台映え効果を上げていた。ピラニアは赤のイブニングドレスを着た群舞、一際背の高いダンサーが鮮やかなブルーの羽をはためかせ長い手足を使って優雅に舞うのも印象的だった。ユニークな動きのパペット人形の猿なども登場する。また舞台上方には大きな蝶が配されていて、これがフロレンシアの恋人、クリストバルを探す旅の象徴的なアイコンともなっている。
フロレンシア役のペレスの存在感が圧倒的だった。美しく力強い歌唱が恋する歌姫の情熱を存分に表現する。2幕のアリアはメキシコ系の彼女にとっては、数々のオーディションでも歌ってきた十八番だそうで、さすがの説得力で見事に歌い上げる。カターンの音楽がラテン特有の艶やかさを持ち、冒頭ではドビュッシー的な和声の色彩感も感じる。マリンバなどの打楽器の響きも新鮮に耳に響く。途中ではプッチーニのようなドラマティックで美しいアリアもある。それらをMETの音楽監督、ヤニック・ネゼ=セガンが巧みにまとめ上げる。極彩色の美しい動植物と熱帯のアマゾンの湿気、様々な形の複数の愛の物語が船の航行とともに進行してゆく様はアドベンチャーランドのアトラクションのようで、のめり込むようにドラマに没入してしまった。オペラ作品として純粋に楽しめるので、今後もっと上演される機会が増えそうな気がする。
MET「アマゾンのフロレンシア」予告編
それにしても今シーズンの冒頭3作品がどれも初演だったことや、テーマに多様性を持たせることで、芸術作品としてのオペラを超えるメッセージを感じさせた。
さて注目のMETライブビューイング、これ以降は王道の作品が続く。次回作はヴェルディのオペラ合唱の名曲が詰まった「ナブッコ」。そしてビゼーの現代版「カルメン」、ヴェルディの「運命の力」も新演出ということで、楽しみが続く。
MET「ナブッコ」予告編
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