RADIO DIRECTOR 清水葉子
音大卒業後、大手楽器店に就職。その後制作会社を経て、フリーのラジオディレクターとして主にクラシック音楽系の番組企画制作に携わるほか、番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど多方面に活躍。2022年株式会社ラトル(ホームページ)を立ち上げ、様々なプロジェクトを始動中。
先日、パーカッショニストの加藤訓子さんのニューアルバムプレス発表会&試聴会にお邪魔した。加藤さんはこれまでもLINNレコーズからアルバムをリリースしていて、これが7枚目となる。
LINNといえばイギリスの高級オーディオメーカーとして知られる。オーディオにさほど詳しくない私でも、その存在は知っている。随分と前だが、新宿の伊勢丹のメンズものの高級雑貨などを置いているフロアに製品を置いていた。買い物途中でも振り返るくらい、その音の良さは際立っていた。値段を聞いてまた驚いたわけだが、いつか宝くじでも当たったらLINNのオーディオを買おう、と密かに決意したものだった。まぁ、そんなわけでいつまでたっても実現しない夢のオーディオ・ライフなのだが、今回の試聴会ではそのLINNのオーディオシステムで加藤さんの新曲を聴くことができる。もはや仕事というより、むしろ夢の音楽空間をバーチャル体験できる楽しみな機会となった。
六本木の瀟洒なマンション
試聴会はメイフェア六本木という瀟洒なマンションの一階にある別棟の部屋で、目の前には中庭も広がるちょっとしたホームパーティー会場のようだ。加藤さんの前回のプレス発表会もここだったが、それももう4年前の夏。その頃はまだコロナの影響が強く、人数を絞っての開催だったが今回は中庭に桜が咲いていた。部屋に入ると北欧の家具や照明がまず目に入る。ハンス・J・ウェグナーの椅子やソファー、ルイス・ポールセンの照明などが置かれたモダンなインテリアの部屋の中にLINNのオーディオセットがごく自然に馴染んでいる。
北欧家具が置かれた部屋にLINNのオーディオ
以前半蔵門に「ロゴバ」という北欧家具専門店があった。ひときわスタイリッシュなガラス張りのショールームを、私は通りかかる度にいつも横目で眺めていた。そんなある日、そのショールームでミニコンサートが行われるという案内が入口に貼ってあった。なんと私が一緒に番組をやっていた音楽プロデューサーの平井洋さんがロゴバの社長と知り合いで、場所を提供してもらい企画したものだった。それで私は幸運なことにそのロゴバに堂々と入ることができ、しかも高級ソファーに座りながらコンサートを鑑賞させてもらった。
その平井さんの番組でゲストにお呼びしたのが他ならぬ加藤訓子さんだった。LINNレコーズがプロデュースしている唯一の日本人アーティストが加藤さんで、平井さんは当時からそのことに注目していたのだ。LINNレコーズの他のラインナップを見ると、バロック以前のアカペラの合唱曲などの古楽系、或いはイギリスの指揮者や室内アンサンブル録音が中心で、それを知ると確かに何故「加藤訓子」なのかはとても気になる。加藤さんのアルバムのラインナップを見てみよう。スティーブ・ライヒ、クセナキス、バッハ、三善晃など、バッハを除けば現代作曲家、とりわけライヒを中心に取り上げている。多重録音などを駆使し、録音であることの特性を存分に活かしている。もちろん高級オーディオメーカーLINNのレーベルからリリースしているというのもブランディングに一役買っていることは間違いない。しかしそれは彼女の卓越した技術と、何よりも音楽の本質を見極める感性と作曲者との直接の対話と信頼があるからこそ、この上質な録音環境を作り上げることができた、ということだろう。アルバムと同時にライブ活動も精力的に行う加藤さんだが更にビジュアルセンスも目を惹く。照明や衣装、演出も含めて統一されたコンセプトが、いわゆるクラシックファン以外の人をも魅了している。
REICH85
https://www.youtube.com/@kunikokato1
試聴会の会場に戻ろう。最後の時間枠だったため、参加者は私を含めて3人。スピーカーの真ん中の特等席に座って、音の全体像を具に体験することができた。ニューアルバムは加藤さんにとって3枚目のスティーブ・ライヒ作品集。「kuniko plays reich Ⅱ」は4月26日に世界同時発売。収録曲は「フォーオルガンズ」「ピアノ・フェイズ」「ナゴヤ・マリンバ」「マレット・カルテット」の4曲となる。
「フォー・オルガンズ」ではもともとピアノを学んでいた加藤さんの鍵盤楽器奏者としての実力も披露されている。そのオルガンの重層的な音の広がりとマラカスが刻むリズムのバランスが絶妙で、この音場感のクオリティの高さに驚く。「ピアノ・フェイズ」は次第に「ずれ」ていく音の渦の中に埋もれていく感覚が特徴の楽曲だ。このフェイズ・シフティングという技法は70年代アメリカ混迷の時代を象徴し、ある種の「トランス状態」になるというインスタレーション的体験でもある。ここではヴィブラフォンによる演奏が柔らかい響きの空間を生む。「ナゴヤ・マリンバ」は、神秘的かつ未来的な音色のマリンバが東洋的なフレーズを奏でる。日本の地名をタイトルに、ガムランなどにも傾倒した時代のライヒらしい作品。そして「マレット・カルテット」ではミニマルから進化したライヒの新しいメロディーの世界観が繰り広げられる。
kuniko plays reich Ⅱ
アルバムはほぼ作曲年代順に並んでおり、ライヒの作曲スタイルの変遷を俯瞰することができる。それはある意味アメリカと世界の歴史的な潮流をも辿る音楽の旅となるだろう。
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