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Dilemma

Column Feature Tweet Yoko Shimizu

作曲家たちの恋の話

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

フリーランス・ラジオディレクター。TOKYO FMの早朝の音楽番組「SYMPHONIA」、衛星デジタル音楽放送ミュージック・バードでクラシック音楽の番組を多数担当。「ニューディスク・ナビ」「24bitで聴くクラシック」など。趣味は料理と芸術鑑賞。最近はまっているのは筋トレ。(週1回更新予定)

秋の到来を感じる季節になったところで今回は恋の話である。今も昔も恋愛が芸術の創造に深く結びついているのは確固たる事実で、作曲家にとってもそれは同じだ。小説や映画のモティーフにも度々取り上げられる三人の例をとってご紹介しよう。

まずはフレデリック・ショパンと女流作家ジョルジュ・サンドとの関係である。若かりしショパンがリストの愛人、ダグー伯爵夫人のパーティーで初めて男装の彼女に遭遇した時、ショパンはサンドに良い印象を持っていなかったという。最初はサンドが積極的にショパンに熱い視線を送っていたようだが、やがてその真剣な思いにショパンも彼女を愛するようになる。もともと数多くの男性遍歴を持つスキャンダラスな存在だったサンド。若き青年音楽家ショパンとの恋はすぐに社交界の噂となり、周囲の目を避けるように二人はパリからスペインのマヨルカ島へ逃避行を決行する。だがここでの劣悪な環境はもともと病弱だったショパンの体を更に蝕んでいく。ついに二人は島を後にするわけだが、その間にショパンはいくつもの傑作を書いている。スケルツォ第3番Op39、英雄ポロネーズOp53、そしてピアノ・ソナタ第2番Op35などだ。しかしおよそ10年に及ぶショパンとサンドの関係はショパンの健康状態の悪化とともに1847年頃終わりを迎えることになる。

icon-youtube-play ショパン/スケルツォ第3番 嬰ハ短調,Op.39,CT199

icon-youtube-play Chopin06 ブレハッチRafal Blechacz 英雄ポロネーズop 53

icon-youtube-play ショパン/ピアノソナタ第2番 葬送 Op.35 CT202/演奏:小林愛実

そのショパンと同年生まれの作曲家といえばロベルト・シューマンだが、彼の妻として、またピア二ストとして活躍していたのがクララ・シューマンである。わずか9歳でデビューした天才少女、当時最も高名なピアニストだった。彼女は作曲家としてもいくつか優れた作品を残しているが、女性の活躍が圧倒的に限られていた時代、彼女が現代に生きていたらどれだけの作品を残していただろう。3つのロマンスOp22などは比較的演奏される機会も増えているが、特に1曲目の美しいメロディーと抒情性をたたえた音楽はどこかブラームスを思わせる。

icon-youtube-play Clara Schumann: Drei Romanzan Mov.1 “Andante molto”,Op.22 Pf.岡田真季 Vn.田中佑子

ヨハネス・ブラームスはシューマン夫妻を終生敬愛していた作曲家だ。若きブラームスの才能を認め、積極的に世に紹介したロベルトだったが、その後精神を患い、自殺未遂を起こし、療養施設に収容される。そんな悲惨な状況のシューマン家を助けたのが他ならぬブラームスだった。ロベルトの死後も何かと援助を続けた中でクララとの仲が深まって、恋愛関係になったとも言われているが、真偽のほどは不明だ。クララの方がブラームスより14歳年上だったこと、恩師の妻であったことを考えると、二人の関係は恋愛に近い友情関係だったというのが本当のところかもしれない。しかしブラームスの最晩年のピアノ曲にみるロマンティックで美しい音楽はどうだろう。彼のクララへの控えめながらも深い愛情を感じずにはいられない。私が特に好きなのは間奏曲変ロ短調Op117-2やクララに献呈された『6つの小品』の中の間奏曲イ長調Op118-2だ。そのメロディーの切なさに胸を絞めつけられる。この曲を聴いた時、クララはどんな気持ちだったのだろうか。

icon-youtube-play ブラームス/3つの間奏曲 第2番 変ロ短調 ,Op.117/演奏:金子一朗

icon-youtube-play ブラームス: 6つの小品,Op.118 第2番 間奏曲 イ長調 Brahms, Johannes/6 Stücke Op.118-2 Intermezzo Pf.萬谷衣里:Mantani,Eri

最後の恋の物語は世紀末、グスタフ・マーラーとその妻アルマである。アルマは少女時代から芸術への関心を示し、その美貌もあって多くの男性芸術家を虜にしたファム・ファタルとしても知られる。マーラーの他にも師であった作曲家のアレクサンダー・ツェムリンスキー、画家のグスタフ・クリムト、オスカー・ココシュカらとも恋愛関係にあったといわれる。彼女自身も作曲を行い、いくつか歌曲などを残している。しかしマーラー自身は彼女の作曲活動を認めず、次第に夫婦の関係も悪化していった。彼女は献身的な妻というよりはもっと自己主張の強い女性だったのだろう。だからこそ周りの芸術家たちもその魅力に惹かれていったのかもしれない。夫婦仲が冷え切っていた頃出会った建築家、ヴァルター・グロピウスとの間にもうけた娘マノンを可愛がっていたのは作曲家のアルバン・ベルクだった。マノンが夭折した際に作曲したヴァイオリン協奏曲は『ある天使の想い出に』という美しいタイトルが付いている。またグロピウスとの関係を知ったマーラーが精神科医のフロイトの診察を受けたことは有名な話である。アルマはマーラーをはじめ、この時代の作曲家、演奏家たちに関する証言も残しているが、思い込みの激しさからしばしば間違った解釈をしていて、現在でもその発言の真偽には慎重にならざるを得ない。しかし多くの芸術家にインスピレーションを与えたミューズとしての存在であったことは確かである。マーラーとの間にもうけた娘、次女のアンナ・ユスティーネの夫は作曲家エルンスト・クルシェネクであるが、彼はマーラーの未完の交響曲第10番の補筆を行ったことでも知られている。
三人の作曲家たちの恋はいずれも映画化されるなど、今も人々の関心を惹きつけてやまない。いずれも幸福な結末ではなかったかもしれないが、その恋の喜びと苦悩は多くの傑作を生んでいる。

icon-youtube-play ベルク ヴァイオリン協奏曲 「ある天使の思い出に」 スターン/バーンスタイン Alban Berg:Violin Concerto (Dem Andenken eines Engels)

icon-youtube-play マーラー アダージェット 交響曲 第5番から

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