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Dilemma

Column Feature Tweet Yoko Shimizu

夜型人間の夏の夜の音楽

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

フリーランス・ラジオディレクター。TOKYO FMの早朝の音楽番組「SYMPHONIA」、衛星デジタル音楽放送ミュージック・バードでクラシック音楽の番組を多数担当。「ニューディスク・ナビ」「24bitで聴くクラシック」など。趣味は料理と芸術鑑賞。最近はまっているのは筋トレ。(週1回更新予定)

「夏は夜。月のころはさらなり、闇もなほ、ほたるの多く飛びちがひたる。またただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。雨など降るもをかし。」

ご存知「枕草子」の一節。私はこの夏についての描写がとても好きだ。もちろん平安時代と平成30年では日本の夏も様変わりしている。真っ暗な闇の夜を照らす蛍は、今では都内で自然に遭遇することはないだろうし、雨も、風情のある驟雨、というには余りにも甚大な被害をもたらした豪雨がつい先日も西日本を襲ったばかりである。しかし、そうは言ってもこの夏の風景はまるで細胞に刷り込まれたかのように共感するところがあるのだ。今回は「夏の夜」というキーワードで思いつくままにクラシック音楽を聴いてみよう。

まずイギリスの作曲家ディーリアスが思い浮かぶ。彼はやはりイギリスの四季を描いた曲をいくつか書いているが、中でも夏をモティーフにしたものが多い。その中の1曲「川の上の夏の夜」は楽器の音をまるでパレットに滲ませた水彩画のように淡い色調で描き出す美しい音楽。ドイツ音楽のように骨格のはっきりした音楽ではないが、さりとてフランスの印象主義音楽=ドビュッシーのようなアンニュイさはない。清潔でさらりとした響きは身を委ねるのに実に心地よい温度感。

icon-youtube-play ディーリアス:河の上の夏の夜

取り留めないことで恐縮だが、確か岩館真理子の漫画にこんな印象深いセリフがあった。夜更かしばかりして朝起きてもぼーっとしている主人公に、彼女の母親(父親?)が「もっと早く寝ればいいのに」と言う。すると彼女は「だって夜って好きなのよ。自分のことがよくわかるから」と答える。まさに典型的な夜型人間の感覚からくるセリフに思わずはっとした。私も含めそんなタイプにしっくりくるのがやはりマーラーだ。

そこでマーラーの交響曲第7番の中の第4楽章である。この交響曲は第2、4楽章が「夜曲」(Nachtmusik)と付けられているため、「夜の歌」と呼ばれることもある。特にこの楽章はマーラーが夏にヴェルター湖畔の作曲小屋で書いたもの。ギターやマンドリンなどが登場するせいか、難解なイメージの第7番の中でもほっとする楽章でもあり、マーラーらしい官能的ともいえる美しいメロディーとリズムは夏の開放的な気分とともに、まるで森の暗闇の中に紛れ込んでしまったかのような幻想的な雰囲気もある。

icon-youtube-play マーラー:交響曲第7番第4楽章

更に深く夜更かしをした時に聴きたいのはシェーンベルクの夜の音楽「浄夜」。シェーンベルクといえば12音技法を開拓した現代音楽の旗手という印象も強いが、この「浄夜」は彼の初期の作品。伝統的な和声に則って書かれていて、まだ調性を残している。弦楽六重奏曲として書かれたが、弦楽合奏で演奏されることも多い。そこにあるのはR.シュトラウスやマーラーといった世紀末の音楽の香り。情景は冬だが、月明かりの下で語られる男女の、息を呑むほどに恍惚的な語らい。これはリヒャルト・デーメルの詩に基づいて書かれた音楽である。その詩の世界を音に変えたシェーンベルクの音楽のなんと官能的で雄弁なこと。

icon-youtube-play シェーンベルク:浄夜

しかし熱帯夜は思索や読書どころではない、ということももちろんある。ただただ寝苦しく眠れない、といった時にはいっそのことミニマルミュージックをおすすめしたい。

ミニマルミュージックとは同じ音型を繰り返し演奏する「反復音楽」とも呼ばれるもの。スティーブ・ライヒはその代表的な作曲家である。その表現に劇的な要素はなく、単純なフレーズをエンドレスに繰り返し、音の羅列そのものの世界に浸る感覚で楽しむ。ライヒの「ピアノ・フェイズ」は2台のピアノのために書かれた作品。同じ音型を二人のピアニストがユニゾンで演奏を開始するが、次第に少しずつずれていく。するとそのずれの中に新たな音の形が生まれる。個人的にはイライラしている時に聴くとちょっとクールダウンするので、満員電車の中で聴くのも気に入っている。

icon-youtube-play ライヒ:ピアノ・フェイズ

夜といえば星。先日も火星が地球に大接近したというニュースに、にわか天体ファンも大勢出現したが、日本でも人気の高い作品が、ホルストの組曲「惑星」だ。全7曲からなり、それぞれローマ神話の神々の名が付けられている。このことからもわかるように、実はホルストはこの曲をどちらかといえば占星術的なアプローチで書いている。『火星』は戦争をもたらす者=戦いの神、マルスをモティーフにしている。そのせいか映画の戦闘シーンなどでも使われる映像的効果の高い勇ましい曲である。また『木星』はご存知、全能の神ジュピター=快楽をもたらす者として書かれており、民謡風のメロディーはポップス歌手にもアレンジされるなど最も広く知られている曲で誰もが耳にしたことがあるだろう。

icon-youtube-play ホルスト:組曲「惑星」

さて、このコラムを初めて1年。確か初回も夏の音楽を紹介したように記憶しているが、今回も初心に戻って音楽を選んでみた。ラジオを聴くように音楽でこの「夏の夜」を楽しんで欲しい。

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