

RADIO DIRECTOR 清水葉子
音大卒業後、大手楽器店に就職。クラシック音楽ソフトのバイヤー時代にラジオにも出演。その後に制作会社を経て、現在はフリーのラジオディレクターとして番組の企画制作に携わる。番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど幅広く活動中。
桜も咲き始めた今日この頃。今月は素晴らしい室内楽コンサートに出会う機会が多かった。少し前の話になるのだが、今後の活動も応援したいのでここに紹介することにしよう。
それは<Music DialogueディスカバリーシリーズVol.5>のコンサート。といっても私が聴いたのは中目黒駅からすぐのGTプラザホールでの公開リハーサル。これは室内楽を通じて様々な対話=Dialogueの形を体現しようというもので、主宰しているのは、かつて巨匠指揮者ジュリーニのもとでロサンジェルス・フィルハーモニー管弦楽団の首席ヴィオリストとして活躍し、現在では指揮者としても国内外のオケを振る他、室内楽奏者として後進の指導にもあたる大山平一郎さん。この団体の芸術監督兼理事長を務めている。
9月のディスカバリーシリーズ本番より
リハーサルの曲はドヴォルザークの弦楽五重奏曲変ホ長調Op97。私がこのコンサートに興味を持ったのは、ドヴォルザークの弦楽五重奏曲を生で聴く機会というのはありそうでないな、と思ったからである。とかく敷居が高いと思われがちなクラシック音楽だが、名曲プログラムでお茶を濁すのではなく、ちょっと突っ込んだプログラムを組み、解説付き公開リハーサルを設ける、なんてなかなか心憎いではないか。本番は3日後の加賀町ホールだったのだが、実はその日は前回のコラムで書いた王子ホールでの「究極の室内楽」の予定が入っていて聴けなかったので、私は自宅にも程近いこの中目黒GTプラザホールへリハーサルを聴きに行くことにした。
解説は若手音楽ライターとして引っ張りだこの小室敬幸さんと、欧米の芸術文化に長けた翻訳家でもある白沢達生さん。彼らがリハーサルの内容を実況中継して音楽学的に解説し、またオーディエンスもリアルタイムで質問投稿アプリを使ってオンライン上に質問を書き込み、それが会場のスクリーンに映し出される。最後にはそれをもとにQ&Aもあったりして、新しい手法で奏者と聴き手がコミュニケーションをとれる場になっているのである。まるでニコニコ動画を三次元でやるような感じ、といえばわかりやすいだろうか。いかにもこれが現代における「対話」の一環。旧態依然としたクラシック音楽界もデジタル世代が中心になりつつあることにいささか隔世の感もありつつ、頼もしさも感じる昭和な世代の私であった。
奏者はヴァイオリンが城戸かれんさん、谷本華子さん。そしてヴィオラが中恵菜さん、大山平一郎さん。チェロは柴田花音さんという5人。芸術監督の大山さん以外はいずれも若手ながら一流の実力を兼ね備えた優秀な演奏家たちだ。しかしそんな彼らとて、リハーサルの全くの初合わせではどこかゴツゴツしたぎこちないアンサンブルになる。それをベテランの大山さんが軸となって、曲の音楽的背景を説明しながら、時に歌いながらアドヴァイスをすることで、見る間に洗練されたアンサンブルとなっていく。その様子は、まるで彫刻が出来上がっていく過程のような、石の塊がだんだんと形を現して立体化していくような感覚で面白い。少しでも楽器のレッスンを体験したことのある人ならその面白さに引き込まれて時間を忘れてしまうに違いない。この時も第1楽章だけでリハーサル時間が瞬く間になくなりそうになっていた。



この曲の特徴はやはりヴィオラが2本ということだろう。もともとドヴォルザーク自身が優れたヴィオラ奏者だったこともある。また内声が厚くなることでより仄暗い響きとなり、それは一層ボヘミア的な趣を増す。ドヴォルザークがアメリカ時代に書いた室内楽の傑作としては「アメリカ」と題された弦楽四重奏曲が有名だが、この弦楽五重奏曲もほぼ同時期に作曲されている。ドヴォルザークがアメリカで黒人音楽などの影響を受けつつ、自らのルーツを再認識するかのように彼特有のノスタルジー溢れる作品を残したことは、19世紀後半から20世紀にかけての時代背景の解説が入ることでより深く理解できる。またこうして聴くと弦楽五重奏の編成やその成り立ちにも興味が湧いてくる。
カルテット・アマービレ演奏会「対話(ダイアローグ)」
……と、こんな感じで頭と耳の両方で音楽を楽しむことができるMusic Dialogueディスカバリー・シリーズは今後も定期的に開催される予定だ。本番は加賀町ホールや目黒パーシモン小ホールなどだが、字幕実況解説付きリハーサルは今回と同じ中目黒GTプラザホール。9月にはヴォーン・ウィリアムズの幻想五重奏曲なんかもプログラムされていて、これはちょっと聴き逃せない。私はこれが初めてだったのだが、Music Dialogueはこれまでにも数々のコンサート活動を実施していて、そのどれもが魅力的なラインナップである。コロナ禍で一部延期になったりもしているようだが、美術館での室内楽コンサートや、企業での音楽イベント企画などもあり、また出演するアーティストたちは若手を中心に国内外で活躍する実力派揃い。客席で大人しく聴くだけのコンサートにとどまらず、現代社会においてクラシック音楽の存在意義をもっと多様な形で発信していく活動は、今後ますます注目されて欲しいものである。
尚、第22回ホテルオークラ音楽賞にMusic Dialogueアーティストでもあるカルテット・アマービレが受賞したニュースが舞い込んできたのも頼もしい限りだ。(※2021/3/25追記)
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