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Dilemma

Column Feature Tweet Yoko Shimizu

KANとクラシックとポップスの親和性

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。その後制作会社を経て、フリーのラジオディレクターとして主にクラシック音楽系の番組企画制作に携わるほか、番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど多方面に活躍。2022年株式会社ラトル(ホームページ)を立ち上げ、様々なプロジェクトを始動中。

シンガーソングライターのKANが亡くなった。まだ61歳という若さに驚く。少し前に病を患い、闘病していたという。KANといえば「愛は勝つ」の大ヒットで知られるシンガーソングライター。同じ90年代にヒットした日本のポップスといえば、小室哲哉を筆頭に小林武史、槇原敬之など、キーボーディストがプロデューサーとしてもソングライティングすることが多かったように思う。

90年代という時代背景のせいなのか、彼らの作る音楽は一見心地良さがあるものの、単純でわかりやすいフレーズに終始していて、そこに一般大衆受けする歌詞が乗り、クラシック音楽を本格的に聴き始めていた私からすると、やや空虚な印象が拭えなかった。「愛は勝つ」にしてもあまりにストレートなタイトルと、街中で繰り返し耳にする「最後に愛は勝つ〜」のサビを、いささか苦笑混じりに聴いていたものだ。

まだTVが大きな影響力を持っていた90年代は番組のテーマ曲に使用されてヒットに繋がるケースが多かった。当時大人気だった山田邦子の番組のエンディングテーマとして使われた「愛は勝つ」も爆発的なヒットとなったが、番組終了とともに一発屋的な印象が残ってしまった。アーティストとしてその一部分しか多くの人に伝わらなかったことはKANにとっては少し不幸だったかもしれない。

この訃報を受けて、番組で「愛は勝つ」をかけようと思って音源を探してみた。KANは2017年3月にセルフカバーアルバムを発売している。その一年前には芸能生活29周年を迎え「特別感謝活動年」として前後にアルバムを立ち続けに発表していた。その中にあって、このセルフカバーは弦楽四重奏によるものという点でも異彩を放っている。またKANは素数が好きらしく、敢えて切りのいい30周年でなく、29周年にその記念のプロモーションを展開していた。それにもこだわりを感じるが、アルバムのジャケットがアメリカのシンガーソングライター、ドナルド・フェイゲンをオマージュしたようなビジュアルも目を引いた。どうやら思っていたよりもKANというアーティストは奥が深そうだ。

icon-youtube-play KAN:愛は勝つ(弦楽四重奏Ver.)

私は弦楽四重奏ヴァージョンの「愛は勝つ」を聴いてみた。リズムを刻みながらキーボードを叩き、一生懸命歌っていた印象の90年代のKANとは一味違った、心に沁みる音楽がそこにはあった。病に倒れ、闘病の末に若くして亡くなった、という事実がより感傷的にさせるのだろうか? いや、それを差し引いても、全体に少しテンポを落とした弦楽のイントロが重なり合う中から浮かび上がるメロディーライン、その美しさにハッとする。転調を重ねる中で、楽曲の盛り上がりと同時に希望に満ちた歌詞が、あの「最後に愛は勝つ」と歌い上げる。あの頃には気恥ずかしさだけが残ったその言葉に、紛うことのない正義を感じてしまうのは私が歳をとった証拠なのだろうか?

実はKANは幼い頃からクラシック音楽の教育を受けていたという。2002年にはフランスのエコール・ノルマルに留学し、クラシックピアノを基礎から学び直すために中途入学したというから驚きである。亡くなる直前にもフランスを訪れていて、おそらくこの国の音楽や文化に深く傾倒していたのだろう。セルフカバーアルバム「la RINASCENTE」には、タレントのトリンドル玲奈の大ファンだったというKANが、彼女のために書いた冒頭のメヌエットなど、かなり擬古典的な作風である。クラシカルでお洒落でハイセンスなムードと、歌詞のそこかしこにユーモアが溢れ、ジョークが大好きだったという彼の人間性が偲ばれる。生前に自身の葬儀の演出まで考えていたという話も、今更ながら彼の類稀なる才能に触れた気がした。

icon-youtube-play KAN:Menuett fur Frau Triendl

先に挙げた小室哲哉や小林武史もそうだが、キーボーディストはクラシックの素養がある人が多い。例えば坂本龍一などは東京藝術大学作曲科出身の筋金入りのアカデミックな教育を受けている。近年ではKing Gnuのフロントマン、常田大希もやはり藝大出身ということが知られている。逆にくるりの岸田繁などは、近年になってクラシック音楽に魅せられ、交響曲を作曲したりしているのも興味深い。或いはクラシック音楽の作曲家でありながら、ポップスのアーティストらとコラボレーションの多い坂東祐大などの存在も個人的に注目している。

icon-youtube-play 声よ-坂東祐大feat. 塩塚モエカ(羊文学)

いずれにしても幼い頃から多様な音楽を聴いて育った世代は、わかりやすい音楽作りをしない。コード進行も複雑だし、リズムも変拍子を多用し、音楽の垣根を軽々と超えてくる。TV主導だった音楽はここへきて音楽そのものが存在価値を主張するようになり、その聴き方さえも大きく変わってきた。クラシック音楽の世界でもあの伝統の権化のようなウィーンフィルがジョン・ウィリアムズの指揮で「スター・ウォーズ」を演奏する時代である。

icon-youtube-play 「スター・ウォーズ」よりメインタイトル:J・ウィリアムズ指揮ウィーンフィル

それでも惜しむらくは、基礎を勉強しても、そのままクラシック音楽の道に進むより、最近はポップス音楽の世界に活路を見出してしまう人が多いということだろうか。

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