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Column Feature Tweet Yoko Shimizu

ベルリン・フィル来日2023〜注目のキリル・ペトレンコ

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。その後制作会社を経て、フリーのラジオディレクターとして主にクラシック音楽系の番組企画制作に携わるほか、番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど多方面に活躍。2022年株式会社ラトル(ホームページ)を立ち上げ、様々なプロジェクトを始動中。

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団が4年ぶりに日本にやってきた。この来日が特別なのは言うまでもないが、今年は更に首席指揮者で芸術監督のキリル・ペトレンコが来日するということでも特別な期待感を持たれていた。

クラシック音楽に詳しくない人でもベルリン・フィルの名前は耳にしたことがあるだろう。ドイツのベルリンを本拠地とする世界的なオーケストラ。設立は1882年でブラームスやマーラー、R.シュトラウスといった音楽史上に名を残す作曲家がこの楽団を指揮してきた。1922年に常任指揮者に就任したヴィルヘルム・フルトヴェングラーの時代に世界的なオーケストラへの名声を高めていく。この間には第二次世界大戦があり、指揮者や楽団の運命も大きく翻弄される。フルトヴェングラーはナチスの協力者という疑いで、演奏活動の停止を余儀なくされたが、その戦時下のオケを率いたのがセルジュ・チェリビダッケである。しかし戦後復帰したフルトヴェングラー亡き後に、新たな常任指揮者となったのはあのヘルベルト・フォン・カラヤンだった。

icon-youtube-play ベートーヴェン:交響曲第5番よりbyヘルベルト・フォン・カラヤン指揮BPO

カラヤンは時代の流れに乗り、メディアの力を存分に借りて世界に冠たるベルリン・フィルを作り上げた。カラヤン&ベルリン・フィルはブランドとなり、それは現在でも黄金期として語り継がれている。次に首席指揮者となったのはクラウディオ・アバド。帝王カラヤンの後では幾分地味な存在だったが、オケの信頼を得て充実した活動を繰り広げた。続いて芸術監督となったのはサイモン・ラトル。イギリスの地方オケに過ぎなかったバーミンガム市交響楽団を一躍世界的なオーケストラへと引き上げた実績と、そのカリスマ性で活躍したが、この頃には第一級のソリスト集団となっていたベルリン・フィルは、ある意味権威が巨大化した集団でもあった。ラトルが退任を発表した後の芸術監督は世界中の注目の的となった。現在では楽団員の投票によって選出されるわけだが、様々な人物の名前が噂されたが、最終的に発表されたのがキリル・ペトレンコで、2019年からの就任となった。

icon-youtube-play マーラー:交響曲第6番よりbyサイモン・ラトル指揮BPO

しかしペトレンコは実力派と噂されるもののあまり録音がなく、特に日本での知名度はほとんどなかった。この頃、世界的に音楽産業が変革を迫られていた。CDは市場から姿を消し、音楽はファイル配信で聴く時代が到来。クラシック音楽業界も大きな変化を迎えていた。レーベルの買収や合併も相次ぎ、もはやレコード会社が録音を主導する時代ではなくなってきた。ついにベルリン・フィルも独自のメディアを立ち上げ、自ら発信していくことになる。

そんな時代に芸術監督となったペトレンコだが、プロモーション戦略もあるのかもしれないが、世界的なコロナ禍もあり一向に動静が聞こえてこなかった。一部はベルリン・フィル・レコーディングスのレーベルで録音を聴くことができたが、今回の来日でようやく生の指揮を聴くことができる、と日本の音楽ファンの期待は非常に高まっていた。

この秋は来日オーケストラのラッシュで、お財布の調整が大変だったのは私だけではないだろう。しかし生ペトレンコの誘惑には勝てず、チケットを買ってしまった。しかし結果的にはやはり大枚を叩いた甲斐があったというものである。

私が聴いたのはプログラムB。今年ア二ヴァーサリーイヤーの作曲家、レーガーの「モーツァルトの主題による変奏曲」と、もう一曲はR.シュトラウスの「英雄の生涯」である。どちらも緻密で作り込んだオーケストレーションが特徴の楽曲。ベルリン・フィルのような一流オーケストラで聴くとその作りがいっそう顕著になる。

前半のレーガーはモーツァルトの有名な「トルコ行進曲付き」ピアノソナタの第1楽章の主題が使われた変奏曲。冒頭から木管の美しさに陶然となり、これに弦楽セクションが続くが、その音色には気高ささえ感じられる。それらが綾をなしていくさまは得も言われぬ美しさだ。最後のフーガからのラストは圧巻だった。やはりペトレンコ、只者ではない。

更に凄かったのが、後半の「英雄の生涯」である。冒頭のユニゾンの低音、コントラバスの響きに頭をガツン!とやられた。オーケストラ曲の中でも難曲中の難曲といわれるこの曲、ベルリン・フィルのとんでもない技術の高さはやはり、メンバー全員がソリスト級の腕前であるということだろう。中でもソロを演奏することが多い管楽器群の圧倒的な力量には舌を巻く。特にR.シュトラウスでは重要なホルンの勇壮な響き。時に協奏曲的な部分もあり、コンサートマスターが演奏する「英雄の伴侶」のヴァイオリン・パートは樫本大進が見事なソロを聴かせた。そしてこの精鋭たちが一体となった大編成のオーケストラを自由自在に操るペトレンコの迷いのない指揮もまた完璧だった。

icon-youtube-play R.シュトラウス:英雄の生涯byキリル・ペトレンコ指揮BPO

ちなみにコンサート当日、会場では関連のチラシはベルリン・フィルのロゴが入ったクリアファイルに入れられ、龍角散のタブレットとともに配られた。なかなか気の利いたノベルティーだと思う。

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