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Dilemma

Column Feature Tweet Yoko Shimizu

オタク的クラシック考

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

フリーランス・ラジオディレクター。TOKYO FMの早朝の音楽番組「SYMPHONIA」、衛星デジタル音楽放送ミュージック・バードでクラシック音楽の番組を多数担当。「ニューディスク・ナビ」「24bitで聴くクラシック」など。趣味は料理と芸術鑑賞。最近はまっているのは筋トレ。(週1回更新予定)

仕事でいつもお世話になっている音楽評論家の山崎浩太郎さんが「爆クラ」に出演するというので、先日の夜、代官山のライブハウス「晴れたら空に豆まいて」に出かけた。マルチに活躍する湯山玲子さんの主催するこのトークライブは、クラシック音楽に様々な角度からアプローチする面白さがあり、興味深いゲストやテーマの回はちょくちょく行くようになったのだが、今回のテーマはなんと「童貞力でクラシックを考える」!しかし、素晴らしい音楽や演奏に出会った時、えもいわれぬ高揚感を感じることは誰にでもあるだろう。その高揚感がフィジカルな興奮に近い、(というのはとかくお上品な人々が多いクラシック音楽界で口に出すのは憚れるが)とするならば、童貞力の強いオタク気質の男性にはこれを享受する潜在的能力が非常に高くあるという見解。なるほど、フロイトも性的リビドーは全ての芸術活動のエネルギーの源と言っているし。これを紐解いてみよう、という今回の企画、知り合いでなくともめちゃくちゃ興味を惹かれるではないか。

そもそも現代における「童貞」とは女性とセクシャルな関係を持たない男性のことをいうのが主流だが、もともとは女性におけるいわゆる「修道女」のことを「童貞」と呼ぶらしい。(すなわち聖母マリアだが、「童貞マリア」という表記もモンテヴェルディ以前の楽曲にたびたび見られる。)で、この童貞君たちのクラシック音楽オタク率はやはり高い。童貞=非モテであるという図式がある程度成立すると考えると、彼らはモテに対抗する手段として勉学や研究に打ち込む傾向がある。クラシック音楽のような、知識だとか集中力を必要とするジャンルは格好の対象となるわけなのだ。湯山さんの体験では中学時代、ショスタコーヴィチを好む男子のオタク集団がいて、彼らは交響曲第5番などを聴きながら「エア指揮」をしていたという。そうした中学生たちがおじさんになってコンサートなどに出かけるようになるのが現代。ブルックナーのコンサートなどに典型的なのが、ほぼ聴衆が男性という光景だ。男性トイレが長蛇の列をなすのをご存知の方も多いだろう。これは日本特有の現象らしいがブルックナーの音楽、恐るべし。ブルックナー自身も人生において女性との接点が極端に少なかったというが、確かに雄大で素朴で大自然や宇宙を感じさせる素晴らしい音楽なのだが、どこか色気がない。女性である私もブルックナーの音楽の良さを感じるようになったのはここ最近だ。それこそ「童貞」ならぬ聖母マリアのような気持ちで耳を傾けることによってようやく、である。或いは年をとって女性的な部分が減ってきたせいなのか……。だとすればいささか問題かもしれないが。

icon-youtube-play ブルックナー:交響曲第8番第4楽章by朝比奈隆

そのブルックナーをオタクに引き寄せたのはなんといっても宇野功芳という存在だったと山崎さんは語る。カリスマ的音楽評論家だった宇野功芳の文章は当時のオタク少年たちに真の芸術がブルックナーの音楽にあるということを刷り込ませ、またモテの典型、カラヤンの指揮などはチャラチャラしていて芸術ではない、とまでこき下ろした。一方で賛美されるのがフルトヴェングラー、朝比奈隆という指揮者たちである。基本的に指揮者という人種はオーケストラや人をまとめ、引っ張っていかなければならないので童貞力は高いとはいえないのだが、だからこそオタク少年たちの憧れの存在になり得るのである。

icon-youtube-play ベートーヴェン:交響曲第5番第1楽章byカラヤン

icon-youtube-play ベートーヴェン:交響曲第5番第1楽章byフルトヴェングラー

作曲家ではどうか。ブルックナーを筆頭に一生独身だったベートーヴェン、ブラームス。彼らは一部では女性にモテていたという話だが、音楽を聴いてみるとなるほどよくわかる。ベートーヴェンは堅物だが男らしい魅力があるし、ブラームスは不器用だけれど女性からみるとどこか愛しさを感じるような部分があるので、童貞力は微妙? ワーグナーやリストには音楽的に色気があり過ぎて、完全に女たらしである。マーラーは後半生の妻アルマとの確執から生まれる苦悩と葛藤が作品にも感じられるが、官能的なメロディーと煌めくサウンドはどちらかというとフェティシズムに近く、変化球版といったところか。

icon-youtube-play ブラームス:間奏曲Op117-1

icon-youtube-play マーラー:千人の交響曲第2部

印象深かったのはカナダのカリスマピアニストだったグレン・グールドの話。ある時ライブの演奏活動を一切やめ、録音という形で聴衆や音楽とつながっていこうとした彼は歌いながら、時に片手で指揮をしながらピアノと戯れるような演奏スタイルで有名だ。その姿は映像で見ても恍惚的で音楽と同化する歓びに溢れている。それはまさに音楽との究極のコミュニケーションだとすればこんなにエロティックなピアニストはいないのではないか。

icon-youtube-play バッハ:イタリア協奏曲byグールド

現代は恋愛が不要の時代とも言われる。確かにインターネットで動画や音楽やゲーム、情報とあらゆるものが溢れかえり、スピーディーに手に入る。恋愛から発展していく男女の関係性などはいくらでも仮想体験できる世の中である。一億総オタク時代のクラシック音楽のありようはどうなっていくのか、実に興味深いところだ。

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