
RADIO DIRECTOR 清水葉子
フリーランス・ラジオディレクター。TOKYO FMの早朝の音楽番組「SYMPHONIA」、衛星デジタル音楽放送ミュージック・バードでクラシック音楽の番組を多数担当。「ニューディスク・ナビ」「24bitで聴くクラシック」など。趣味は料理と芸術鑑賞。最近はまっているのは筋トレ。(週1回更新予定)
ドイツ・グラモフォンといえば、カラヤンやバーンスタイン、ベームやクーベリック、小澤征爾、アルゲリッチやポリーニ、マイスキーなど綺羅星のごときトップアーティストが所属する歴史ある名門レーベル。近年はクラシック音楽業界全体のマーケットの縮小やレコード業界の不振による再編などで、その存在感も以前より小さくなっている感は否めないが「イエロー・レーベル」と言えばやはり数あるレーベルの中でも特別なものだろう。
今年はそのドイツ・グラモフォンの創立120年ということだ。1898年ドイツのハノーファーで創設されたドイツグラモフォンの歴史はそのまま録音の歴史と重なる。公式サイトによると音盤とプレーヤーの両方を考案したドイツ系アメリカ人、エミールと弟のジョゼフ・ベルリナーによって誕生。ベルリンに本社を移してからは地元にベルリン・フィルとベルリン国立歌劇場管弦楽団という2大オーケストラがあったことが幸いし、交響曲、管弦楽の録音で一躍名声を博した。
そしてなんといってもカラヤンの存在なくしてドイツ・グラモフォンは語れないだろう。1959年から30年にわたって330枚のレコードを製作し、カリスマ的スター指揮者、ヘルベルト・フォン・カラヤンとともに「名盤」が続々誕生していった。ピアノこそ習っていたものの音楽のことなどまだ何も知らなかった小学生の私でさえ、カラヤンといえば世界的な指揮者だという認識が既にあった。現代において一般の人にも認知されている指揮者の中でそんな存在は日本人である小澤征爾くらいかもしれない。
アダージョ・カラヤン
名録音もスター音楽家もたくさん存在した20世紀に比べるとクラシック音楽の魅力はなかなか一般に広がりにくくなっているが、そんな時代に一石を投じる試みをこの歴史あるレーベル、ドイツ・グラモフォンが始めている。「イエロー・ラウンジ」である。一流の音楽を気軽に楽しむ、というテーマのもと、コンサートホールを飛び出し、クラブをはじめとする様々な会場でライブを展開するイベントである。欧米ではかなり人気が沸騰しており、チケットも入手困難だという。クラシック界最高のブランドであるドイツ・グラモフォンが主催している、ということもポイントだ。
ギドン・クレーメル(Vn) Yellow Lounge
先日東京お台場でこの「Yellow Lounge Tokyo 2018」が日本上陸、という触れ込みで開催された。日本人の血を引くピアニスト、アリス・紗良・オットと世界的チェリスト、ミッシャ・マイスキーの共演、更にジャズ・ピアニスト山中千尋も出演というクラブ・イベントにふさわしいアーティスト陣。また前代未聞のクラシックDJとしてAoi Mizuno(水野蒼生)の名がクレジットされていた。彼に関しては全く知らなかったのだが、モーツァルテウムで指揮を学ぶ学生でもあるらしい。興味津々だった私は会場に行くことはできなかったが、ライブ・ストリーミングされる、とのことで柄にもなくパソコンに張り付いて見てしまった。
そんなイベントだけに客席は椅子ではなく、お客さんはフロアに腰掛けて思い思いにアーティストのパフォーマンスを楽しむ。やがて真っ赤なドレスの山中千尋が登場し、ライブが始まった。ジャズの持つ自由な空気感でいわゆるクラシック・コンサートよりもだいぶリラックスしたオープニングだ。その後はアリス・紗良・オットのピアノ。こちらはニュー・アルバム『ナイトフォール』から、ドビュッシーの「月の光」、サティの「グノシェンヌ」などフランス音楽。続いてはマイスキーが登場し、こちらもアルバム『アダージェット』からマスネの「タイスの瞑想曲」。
ちょっとまったりしたプログラムが続いたので、中盤は個人的には少し物足りなさもあった。お客さんもノリノリの、というよりは大人しめ。欧米と日本の気質の差がこういうところに出るものである。だがアリスもマイスキーもスタイリッシュな出で立ちで、会場の照明はチームラボによるデジタルアートが展開され、幻想的な光が降り注ぐ。いつものクラシック・コンサートとは違うムードは画面で見ていてもわくわくした。
Yellow Lounge Tokyo 2018
そしてクラシカルDJの水野蒼生には俄然注目した。現代的なルックスも含め、その存在感がすごい。本格的に指揮を学んでいる、というだけあって作品の本質は崩さずに、キャッチーなフレーズを上手くトリミングして曲を繋げる。いわば音楽の「美味しいとこどり」は硬いクラシック音楽ファンには言語道断なのかもしれないが、ラジオ番組の編集などと手法が似ているので興味深かった。
彼はミレ二アル世代ということだが、こういう感覚がこれからは必要なのかもしれない。そんな風に考えていたら、彼の「MILLENIALSーWe Will Classic You―」というミックスCDがユニバーサルから発売されたらしい。全てドイツ・グラモフォンの音源のみで制作したというものである。ザルツブルク出身であるカラヤンの後輩ともいえる彼の存在は果たして21世紀のクラシック音楽界に風穴を開けることになるのだろうか?
「MILLENNIALS」by Aoi Mizuno
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