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Dilemma

Column Feature Tweet Yoko Shimizu

みどりの日

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、楽器店勤務を経てラジオ制作会社へ。その後フリーランス。TOKYO FMで9年間早朝のクラシック音楽番組「SYMPHONIA」を制作。衛星デジタル音楽放送ミュージックバードではディレクター兼プロデューサーとして番組の企画制作を担当。自他ともに認めるファッションフリーク(週1回更新予定)

少し前に9年間担当した番組SYMPHONIAについてのコラムを書いたのだが、上には上がいるもので、平成30年間を跨いで、今なお続いている番組がある。その驚異の番組、TOKYO FMで放送中の「トランス・ワールド・ミュージック・ウェイズ」がすごいのは同じパーソナリティがずっと担当している、ということにもある。その人こそ田中美登里さん。TOYKO FMのアナウンサーとして、また同局の伝説のディレクターとして、またこの間までミュージックバードのクラシックチャンネルのプロデューサーとして活躍してきた女性である。私にとっても同じ番組制作の場では大先輩であり、公私ともにお世話になってきた。先日、その「トランス・ワールド・ミュージック・ウェイズ」の30周年記念パーティーが催され、たくさんの人がそのお祝いに駆けつけた。

icon-youtube-play トランス・ワールド・ミュージック・ウェイズ

同じ日の昼過ぎに私は鎌倉で行われた「レゾナンス」という音楽祭に出かけていた。昨年番組で紹介したことがきっかけで、最終日の覚園寺での公演を聴き、舞台となるお寺の境内の庭で行われた演奏が素晴らしかったので、音楽祭を主催するオーボエ奏者の吉井瑞穂さんと音楽ライター原典子さんをゲストにお招きし、それが9年間続いたSYMPHONIAの最終回となった。

曇り空の鎌倉は昨年より少し肌寒かった。しかし新緑の木々としっとりと漂う空気、鳥の鳴き声だけが響く覚園寺の庭は、既にこれから始まる演奏のために用意された特別な場としての期待に満ち溢れていた。本当にここはゴールデンウィークで人々がごった返す観光地の鎌倉なのだろうか? その静寂は駅前の喧騒から少し距離のある住宅街の外れというロケーションのせいなのか、はたまた知られざる名刹という俗世と隔てられたシチュエーションのせいなのか。鎌倉という土地の持つ歴史と文化、そして自然の交わる厳かなエネルギーさえ感じられた。やがて聴こえてきたオーボエが奏でるテレマン。新緑の中で響く音色は、なんとも穏やかで神聖な空気を纏っていた。続いて鈴木大介さんの優しいギターと藤木大地さんの豊かなカウンターテノールの歌声。自然の中で聴く音楽がこんなにも心地よく、愛しく思えるなんて。

icon-youtube-play 鈴木大介(G)

icon-youtube-play 藤木大地(Ct)

もちろん野外だから音は厳密には散漫になるし、残響があるわけでもない。純粋に「楽音」を聴くにはきちんと音響設計されたホールの方が適切かもしれない。しかしそうした閉ざされた空間で聴くと、やはり周囲の雑音が気になってしまう。咳払いや楽章間での話し声、物を落とす音……。私自身も普段はそうした物音に非常にナーヴァスになっているのに気付く。しかし土の上は物を落としても音は耳を刺激しない。曲の途中の話し声も同じ音楽を楽しんでいる様子が伝わって、かえって好ましくさえ思える。なんだかふと、あらゆる人がこんな音楽体験をしたなら世の中から争いや諍いはなくなるんじゃないか、という気さえした。

レゾナンスは今年で一度お休みし、再来年パワーアップして戻ってくる予定とのこと。私は次の公演も必ず聴きに来ようと心に決めた。

さて、鎌倉から急いで湘南新宿ラインに乗り、パーティー会場である新宿を目指した。宴は17時から始まっていたので、だいぶ遅刻にはなるが、お世話になった先輩や同僚もいることだし、是非とも顔を出したいと思っていたので強行突破の大移動である。新宿駅東南口からすぐのレトロな居酒屋「浪漫房」には既にたくさんの人が集っていた。

音楽家、パフォーマー、文筆家、編集者、ラジオ関係者など、その顔ぶれはまさしく30年という月日の中で田中美登里さんが築いてきた人脈と、新宿という文化の坩堝を感じさせるものだった。遅れたため聴きそびれてしまったが、前半は坂田明さんの演奏もあったり、個性派ミュージシャンたちによる賑やかなパフォーマンスの中、なんと〈新宿タイガー〉も登場した。子供の頃から新宿の街角で見かけていたタイガーのマスクを被った派手な新聞配達の男性である。また狭い店内の中で私の前に座っていたのは美登里さんの高校時代の同級生の女性お二人だった。当時放送部だったという彼女たちはNHKの主催する番組制作コンクールで優勝したこともあったとか。その頃からラジオを愛し、ラジオを通して何かを表現したいと考えていた美登里さんがTOKYO FMに入社して数々の賞を受賞し、活躍を続けていったのはまさに10代の頃からの夢の延長線上にあったのである。

icon-youtube-play 新宿タイガー

そんな業界の顔とも言える美登里さんの後任として、単に年功序列ということなのだが、私はミュージックバードのクラシック・チャンネルのプロデューサーとなってしまった。彼女の大き過ぎる才能と偉業を前に、どうやってチャンネルをまとめていくべきなのか、もはや気が遠くなりそうになったが、同じようには到底できないので、こうしてコラムを書いたり、新たな番組を企画したり、私なりに粛々と続けていくしかない。

29日は「昭和の日」だが、平成になった直後は「みどりの日」だった。奇しくも同じ日に〈鎌倉の緑〉と〈新宿の美登里〉の両方にどっぷりと浸った一日となった。

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