
RADIO DIRECTOR 清水葉子
音大卒業後、楽器店勤務を経てラジオ制作会社へ。その後フリーランス。TOKYO FMで9年間早朝のクラシック音楽番組「SYMPHONIA」を制作。衛星デジタル音楽放送ミュージックバードではディレクター兼プロデューサーとして番組の企画制作を担当。自他ともに認めるファッションフリーク(週1回更新予定)
今回は直接音楽に関係ないのだが、とある映画の試写会に行った話から書いてみたい。
「モデル 雅子 を追う旅」というタイトルのその映画は、ファッションモデルとして30年の長きに渡って活躍し、2015年の1月に50歳で希少がんのため亡くなった女性のドキュメンタリー映画である。監督・撮影は夫である大岡大介氏。大岡氏はテレビ局のプロデューサーでもあり、番組制作の忙しい合間を縫って撮影に臨んだとのこと。
妻でモデルの雅子さんは私より少し年上であり、彼女はちょうど私の世代が雑誌アンアンなどを読み始める高校生の頃にデビューした。日本が好景気に沸くバブル時代に異彩を放つファッションモデルとして、雑誌や広告でよく目にしていた。当時のとんがったモード系の雑誌でも見かけたし、一時期には映画にも出演したりしていた。彼女のちょっと形容しがたいほどの美しい容姿に10代の頃、憧れたものである。同性でも異性でも誰かのファンになる、という経験が私にはあまりないのだが、彼女だけは雑誌などで見かけるとついそれを購入したりしてしまう存在だった。
ファッションモデルは20代の頃もてはやされても、次々と若い世代が台頭してくる。そのまま30、40代と活躍できる人はやはりそれなりに人間として魅力ある存在でないと生き残ってはいけないだろう。雅子さんはインタビューなどで垣間見えるそのパーソナリティにも魅力が感じられた。モデルという華やかな存在でありながら、そのライフスタイルもシンプル&ナチュラルで等身大の女性の生き方を追求しているように見えた。また一方で日常生活でも徹底した日焼け対策をするなどプロとしての姿勢も持ち合わせていて、美しい肌を持つ彼女のスキンケアを参考にしていたこともある。またフランスの文化が好きで映画にも造詣が深い彼女のブログを度々読んだりしていた。
ラジオの仕事を始めるようになってから、どこか仕事場でお見かけする日があるかもしれない、という気もしていた矢先、彼女の訃報を知った。まだ50歳という若さでの死は、とてもショックだった。
現代はインターネットで自分の知りたい情報を即座に手にすることができるのはとても便利である。彼女が離婚を経て結婚していたことも知った。そしてその夫である男性が彼女の映画を完成させたことも。
映画は完全な一人の女性のプライヴェートフィルム、といった内容であり、雅子さんがフランス語を学んでいたアンスティチュ・フランセ東京(旧日仏学院)での試写会に来ていたのは、主に映画にも出演されていた友人や長年仕事を共にした仲間たち、顔見知りといった人たちがほとんどのようだった。
そんな中、門外漢も甚だしい私などがここで偉そうに言うことでもないのだが、芸術作品として素晴らしいとか、映画的な作りとして優れている、という観点で語ることはふさわしくないだろう。そこには妻を亡くした男性の、彼女に対する深い愛情とかけがえのない存在を失った痛ましいほどのやり場のない想いが伝わってきた。その想いを形にするために彼女の愛した〈映画〉という手法を使ったというのは、大岡氏の自然な心の成り行きだったに違いない。そしてこの映画はその想いを存分に観る人に伝えるだけの力を持っていると思う。
映画『モデル 雅子 を追う旅』予告編
音楽にも得てしてこうしたことがある。現在ではアマチュアオーケストラの活動が盛んだが、彼らの素直な音楽に対する希求心と熱のこもった演奏にファンも多い。例えば東京ユヴェントス・フィルハーモニー。慶應義塾大学のユースオーケストラが前身のこのオケは近年指揮者の坂入健司郎のもと、ブルックナーやマーラーなどプロも顔負けのレパートーリーを取り上げ、その真摯で熱い演奏が感動を呼んでいる。もちろんいわゆるプロのオーケストラが演奏するものとは別格のものである、ということは大前提だが、そこにある〈ドラマ〉は時としてプロとかアマチュアを超えたところで訴える力を持っているのだろう。
Anton Bruckner : Symphony No. 5 Live Tokyo
それと同時に人生における様々な場面で迎える〈喪失感〉を考える時、果たしてそれをどういった形で自分の中で消化していくのか、ということについて年齢を重ねていく中で考えさせられることでもあった。
映画は7月26日よりアップリンク吉祥寺にて一週間限定の公開とのことである。
いちファンとしては、インタビューとして残されていた彼女の肉声が映画全編に渡って使われていたので、雑誌や広告などで見るだけだった雅子さんの普段の声を実際に聞くことができ、とても下町っぽい口調(日本橋出身とのこと)なのが微笑ましかった。声や話し方が気になってしまうのは職業病かもしれない。
雅子さんとのフランスつながりで最後に音楽コラムらしく、独断と偏見でサティの「ジュ・トゥ・ヴ」をお送りしたい。
Erik Satie : “Je te veux” par Patricia Petibon
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