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Dilemma

Column Feature Tweet Yoko Shimizu

夏の夜に聴くソッリマ と芥川

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、楽器店勤務を経てラジオ制作会社へ。その後フリーランス。TOKYO FMで9年間早朝のクラシック音楽番組「SYMPHONIA」を制作。衛星デジタル音楽放送ミュージックバードではディレクター兼プロデューサーとして番組の企画制作を担当。自他ともに認めるファッションフリーク(週1回更新予定)

ジョヴァンニ・ソッリマは「チェロのジミヘン」と呼ばれる。 このキャッチコピーはなかなか強烈だ。普段クラシック音楽をあまり聴かない人も興味を惹かれるのではないだろうか。ジャンルを超えたミュージシャンとの共演やカリスマ的な人気を持つ彼のことを表現するにはぴったりのコピーである。もちろんチェリストとしても第一級の腕前を持つ彼だが、近年名だたる仲間のチェリストたちーーヨーヨー・マ、宮田大などが作曲家としての彼の作品「チェロよ、歌え」を次々と演奏していることも注目の一因だろう。今年来日して、8月の連休中にはすみだトリフォニーホールで100人のチェリストが集う「100チェロ・コンサート」などの予定もあり、何かと話題を振りまいている。そんなソッリマが川崎でチェロの王道プログラムでもある、ドヴォルジャークのチェロ協奏曲を演奏する、というので聴きに行くことにした。

icon-youtube-play ジョヴァンニ・ソッリマ :「チェロよ、歌え」

そのコンサートは毎年夏に行われている「フェスタサマーミューザ」。ミューザ川崎シンフォニーホールで行われる夏のシリーズ企画である。夏は音楽祭と銘打って子ども向けのコンサートを企画したり、プレトークやリハーサルを公開したり、どこの運営側も普段とは違った内容で工夫を凝らしている。もう一つ私が惹かれたのはプログラムの後半、芥川也寸志の交響曲第1番が演奏される、ということだった。今年4月に首席客演指揮者となった藤岡幸夫と東京シティフィルハーモニー管弦楽団というれっきとしたプロオーケストラがこのプログラムを取り上げる機会はそうそうない。

川崎は職場である半蔵門から出掛けるとなると新橋経由東海道線を使うのが近い。夜の公演だったため、新橋駅での待ち時間、人が溢れる地上ホームはこの猛暑で黙って立っているだけでも汗が滲んでくる。普段地下鉄で移動することが多いと、この地上ホームでの数分間でもぐったりしてしまう。更にその日は途中蒲田辺りで電車が止まってしまった。ぎゅうぎゅうの車内で待たされたのも10分程度とはいえ気分を盛り下げられたのだが、前途多難な気もしつつホールへと向かう。

そろそろ夏休みを取っている人も多いのか、それでも電車は少し空いている方だった。コンサートホール内もあまり人が入っていなくて、開演のベルが鳴った時には少々寂しい感じがしてしまった。
まずはシベリウスの「レンミンカイネン組曲」から『レンミンカイネンの帰郷』。真夏にシベリウスというのは、イギリスで学んだ藤岡氏の(イギリスの指揮者たちは北欧ものを得意とする人が多い)ご挨拶といった意味合いもあってぴったりだと思ったのだが、肝心のオーケストラの演奏がどうにも夏バテしたような感じだった。清涼感を期待していた私としては少しがっかり。

icon-youtube-play シベリウス:レンミンカイネンの帰郷

続いてはいよいよソッリマが登場。冒頭から歌心たっぷりの音色を響かせる。まさに「チェロよ、歌え」である。少々音程が乱れてもパッショネイトな意気込みは終楽章のコンサートマスターのヴァイオリンとの掛け合いも挑発的で、その頃にはようやくオケも少し覚醒してきたようだった。その熱気が冷めやらぬうちのアンコールにはソッリマ自作のフォークソング的な作品「ナチュラル・ソング・ブック」からの2曲で会場を大いに盛り上げた。

icon-youtube-play ドヴォルジャーク:チェロ協奏曲第3楽章

後半はいよいよ芥川の交響曲。プログラムによると今年はこの日本人作曲家、芥川也寸志の没後30年だとのこと。作家芥川龍之介の三男として生まれ、戦後の日本におけるクラシック音楽文化を担ってきた一人である。映画やテレビ音楽なども手掛け、親しみやすい音楽を作る一方、同時代の旧ソ連の作曲家ショスタコーヴィチやプロコフィエフに影響を受けているのはこの交響曲第1番を聴いても、随所に現れるフレーズやリズムに感じられる。と同時に民謡風のメロディーや節回しはなんと私たちの心情や感覚に自然と馴染むことだろう。これは同じ日本人であることの〈血〉というものなのか。昔から知っているものに出会ったような、なんとも不思議な感覚に陥った。終楽章後半は怒涛の音の洪水が押し寄せる。オーケストラもこの曲に照準を合わせていたのか、しっかりとした演奏を聴かせてくれた。最後は藤岡氏の挨拶の後にやはりイギリスの作曲家、エルガーの「夕べの歌」でしっとりと幕を閉じた。

icon-youtube-play 芥川也寸志:交響曲第1番

この日は通して聴いてみると民俗音楽的な流れと指揮者のアイデンティティーが感じられて実に秀逸なプログラムだと思った。これは藤岡氏の考えによるものだとすれば、これからも大いに楽しみにしたいところである。またミューザ川崎の音響の良さは相変わらず素晴らしい。今回3階席で聴いていたが、全体的な音の響きもバランスが取れていて、真夏の東海道線の地上ホームでの待ち時間がなければもっと通いたいところだ。

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