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Dilemma

Column Feature Tweet Yoko Shimizu

三善晃へのトリビュート

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。クラシック音楽ソフトのバイヤー時代にラジオにも出演。その後に制作会社を経て、現在はフリーのラジオディレクターとして番組の企画制作に携わる。番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど幅広く活動中。

台風シーズンとなり、めっきり涼しくなっているこの連休である。このところ私はすっかり通常の仕事モードに戻りつつあり、コロナ以前と同様に毎日スタジオに通う日々。その間に誕生日を迎え、年齢を実感してしまった。というのも仕事柄、万年肩凝りなのは諦めていたのだが、繁忙期の月末に根を詰めて仕事をしていたところ、首の筋を痛めてしまったらしく、ある方向に首を動かそうとしたり、振動がかかると鋭い痛みが走るようになってしまったのだ。首は神経が集中しているので、ちょっとした動作も今までと同じ要領で動き回ると身体の振動が伝わってきて痛むので、恐る恐るしか動けない。当然仕事の手際も悪くなり、前回のコラムにも書いたが、改編期でもあり、スケジュールが押してしまって、この連休も返上になりかけたのだが、何とか疲労回復のため1日だけ休みをとることができた。それが「敬老の日」だったのは何とも後味が悪いところではあったのだが……。

それはともかくとして、そんな身心ともに疲れ切っている中、自宅のソファでゆっくり音楽でも聴くか、と思って私が手に取ったのはバロックでも室内楽でもなく、マリンバのCDだった。

icon-youtube-play マリンバ

マリンバの音色がどんなものかというと、アップルのアイフォンの着信音といえばイメージされる人も多いかと思う。その響きは洗練されていてスリークな印象だ。しかしどこか素朴な懐かしさもある。それはやはり楽器の材質が木でできているということに由来するのかもしれない。所謂「木琴」から進化し、下に共鳴させる金属のパイプを付けることで更に豊かな広がりのある音色を実現した。比較的歴史の新しい楽器なので、メーカーによっても作りが違うらしいのだが、現代では主に5オクターヴの音域を持つものが主流で、コンクールなどの課題曲もこの範囲の楽曲を用いることが多い。演奏にはマレットと呼ばれるヘッドの付いた枹を用いる。このヘッドの素材によって音色が変化する。マリンバの場合、素材には毛糸や綿糸などを使い、それを左右の手に複数持ちながら演奏する。

icon-youtube-play iPhone着信音

まだ夏の最後の日差しが照りつける暑い日、六本木から少し離れた瀟洒なマンションの一室で、パーカッション&マリンバ奏者の加藤訓子さんのニュー・アルバムのイベントが開催されるというので出かけた。入口から中庭を抜けるとマンションの別棟があり、アプローチを進むとガラス張りのエントランスがあった。まるで個人宅にお邪魔したようなインティメイトな雰囲気。コロナ禍でもあり、ゲストは少人数に絞っているようで7〜8人。一緒に番組に関わったことのある知り合いも何人かいて、イベント前に少し雑談。加藤訓子さんにも以前番組でゲストに来ていただいたことがあった。

加藤さんはイギリスの高級オーディオメーカー「LINN」の傘下のリン・レコーズから継続的にCDを発売している。スティーヴ・ライヒやクセナキスといった現代音楽ものを取り上げる一方で、ダンスとのコラボレーション、前回はバッハの作品でも注目を集めた。加藤さんの作るアルバムはもちろん演奏も優れているのだが、常にコンセプトが印象的で、そこにLINNの素晴らしい音質が加わる。上質なオリジナリティに溢れ、ハイセンスなイメージもクラシック音楽のプロモーションとしてはちょっと異質でもある。

icon-youtube-play 加藤訓子

6作目となるアルバムは意外だったのだが日本の作曲家、三善晃の作品集。三善晃といえばやはり合唱曲の印象が強い。私も学生時代に彼の合唱曲を歌った記憶がある。マリンバのソロ曲や協奏曲といった作品があることも不勉強ながら初めて知った。三善晃は桐朋学園の学長を長く務めた作曲家で、その桐朋出身でもある加藤さんにとって、作品を取り上げることは以前から考えていたことでもあり、ごく自然な流れだったらしい。彼と直接言葉を交わしていた彼女の演奏はまさに説得力を伴う。

icon-youtube-play 三善晃編曲:唱歌の四季

アルバムの試聴の時間となった。ルイ・ポールセンの照明やハンス・ウェグナーの椅子などを設えた室内。奥にはもちろんLINNのオーディオが置かれ、部屋は天井が高いのもあり、そこから聴こえるマリンバの音色は瑞々しく涼やかで、一瞬北欧の空気が漂うようだった。窓には外からの眩しい日差しに中庭の木の枝影が揺らいで光のコントラストを描き、見事に音楽の額縁となっていた。

三善晃のマリンバ作品は、比較的よく演奏される組曲「会話」、「リップル」などのソロ曲のささやくようなピアニシモから、「マリンバと弦楽合奏のための協奏曲」の弦楽の重層的なフォルテシモに到るまで、響きがまるでその空間を泳ぐように自在に伸縮し、形を変えていく。メロディーがわかりやすいような耳馴染みのいい曲、というわけではないのに不思議と肌に馴染むような感覚。これはやはり同じ日本人の作曲家の音楽、日本人の演奏ということもあるのだろうか。或いはLINNの素晴らしいオーディオ・システムによるものなのか。

協奏曲ではスコティッシュ・アンサンブルとの共演というのもポイントだ。アルバムは9月25日に発売である。

icon-youtube-play スコティッシュ・アンサンブル

耳と身体に心地良い音楽を求めて、私は休日の午後に再び「三善晃へのトリビュート」を聴いた。

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