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Dilemma

Column Feature Tweet Yoko Shimizu

Fire Shut Up in My Bones

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。クラシック音楽ソフトのバイヤー時代にラジオにも出演。その後に制作会社を経て、現在はフリーのラジオディレクターとして番組の企画制作に携わる。番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど幅広く活動中。

ニューヨークのメトロポリタンオペラが新型コロナウィルスの影響で閉鎖を余儀なくされ早1年半が経った。その復帰第1作となったのが、テレンス・ブランチャードの「Fire Shut Up in My Bones」だというのは驚きだった。今回そのMET初演の舞台をライブビューイングで観たが、これは現代アメリカ版ヴェリズモ(=真実主義)オペラであり、音楽監督のヤニック・ネゼ=セガンがこれを復帰第1作に選んだのも頷ける力強い内容の作品だ。

作曲したテレンス・ブランチャードはジャズ界の大御所トランペッターであり、スパイク・リー監督作品には欠かせない映画音楽の大家として名の知られた音楽家。しかし彼がクラシック音楽の教育を受けているとはいえ、オペラを作曲するというのは意外でもあった。

icon-youtube-play テレンス・ブランチャード

クラシックの作曲家ではラヴェルなどもジャズの影響を受けており、ガーシュウィンから始まって、現代ではニコライ・カプースチンなどが当然のようにクラシックのコンサートで取り上げられる。20世紀以降はアンドレ・プレヴィンやフリードリヒ・グルダといった両ジャンルを行き来するようなアーティストも登場し、双方で影響し合っている一方で、ルーツが黒人音楽であるジャズと白人文化の象徴でもあるオペラでは水と油のような違いが厳然と存在している。

icon-youtube-play アンドレ・プレヴィン

そのオペラに落とし込んだこの作品。台本は黒人コラムニスト、チャールズ・M.ブローが書いた同名の自伝に基づくもの。少年時代に受けた性的暴力によるトラウマから救いを求めて成長していく過程を描く。同時に南部アメリカの黒人たちの直面する貧困や暴力、教育、コミュニティといった問題も孕んでいる。それらは黒人対白人といった対立構造の中で語られるものではないけれど、一人の少年の苦悩からの成長、彼らの独自文化であるゴスペルやダンス、ジャズといったフィルターを通して透けて見える。そのフィルターは一方でクラシック音楽的なアリアやオーケストレーションといった要素と見事に融合して、ありありと私たちに語りかけてくる。中途半端なジャズ風味を纏っただけのオペラでは断じてない。ブランチャードの音楽には心底驚かされた。

音楽の持つ力強いメッセージに歌手やオーケストラ、ミュージシャンらが自らを奮い立たせ、アメリカが未曾有のパンデミックから復活するための儀式としても、全身全霊で舞台に没頭していたことはネゼ=セガンの言葉通りである。終始息をつかせぬほどの熱気とパワーが漲り、あっという間の3時間半。ジャズ・バンドが演奏する間奏曲が信じられないほど美しかったのも印象的だ。

キャストでは特に悲劇の少年時代を演じたウォルター・ラッセル3世の演技に心を震わされた。成長した主役のチャールズを演じるウィル・リバーマンや、その恋人であり同時に彼に付随する〈孤独〉と〈運命〉を演じるエンジェル・ブルーも好演していたが、母親役のラトニア・ムーアの見事な歌唱と存在感に圧倒された。彼らが幼い頃から馴染んでいた教会でのゴスペル、黒人社会の独自の社交クラブ、そしてジャズ。これらを自然な形で取り入れることで作品としてのオリジナリティを強固なものにしていた。果たしてこれはミュージカルなのか、リアルな現代劇なのか、否、これは紛れもないオペラである。

icon-youtube-play METライブビューイング「Fire Shut Up in My Bones」より

演出は先頃METでガーシュウィンの「ポーギーとベス」が何十年振りかで上演され、話題となった時と同じジェイムズ・ロビンソンと、カミールA.ブラウンの二人。私はこれもライブビューイングで観たが、ほぼ黒人歌手でキャスティングされた舞台は物語が黒人社会を描いているからに他ならない。もちろん出演者たちは素晴らしい才能の持ち主で、METの舞台にふさわしい実力を備えている。そこには白人も黒人もないのだが、だとしたら彼らが限られたレパートリーだけになってしまっている現実を考えると、人種的なことや役柄を超えて、もっとユニヴァーサルな内容のオペラがあってもいい。そんな題材が上演できるようになるにはまだまだ時代が追いついていないのではないか。

人類がパンデミックを経て、価値観を捉え直し、更なる多様性を受け入れる時代に入ったと考えるならば、このドキュメンタリーをわざわざオペラにした意味を見出さなければならない。暴力がもたらす悲劇について、またこの作品の持つメッセージそのものについて。その点でもライブビューイングの第1作が「ボリス・ゴドゥノフ」だったのは何故なのか? とも思ってしまう。それでも白人文化の象徴であるMETで上演されたことは意義深いことであったと思うし、そのためにはこの作品も再演されることが重要だ。何度も上演されていくことで真の意味でオペラ作品となり、認識され、文化となっていく。

icon-youtube-play METライブビューイング「Fire Shut Up in My Bones」より

だからこれを読んでいる人にも間に合うならば是非ライブビューイングを観て欲しいと思っている。少なくとも私は「Fire Shut Up in My Bones」がそれに値する内容の作品であると確信したから。

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